精神科の薬の歴史は精神科の病気の歴史

   ** 心の病の「流行」と精神科治療薬の真実 ロバート・ウィタカー(アメリカ) **

アメリカのジャーナリストによって書かれた、精神科治療薬の歴史や背景についての報告です。

著者がこの問題に取り組むようになったきっかけは、統合失調症転帰について、富裕国と貧困国の比較をした報告書に触れたことだといいます。

長期的に見ると、貧困国のほうが、統合失調症にかかった人がよく治っていること。そして、貧困国では、抗精神薬を使っている人がとても少ないということに気づき、精神科の薬とは、そもそも何なのか、どのようなものだと考えたらいいのか、そのような疑問からジャーナリストとして調べていった結果をまとめたものです。

心の病の「流行」と精神科治療薬の真実

心の病の「流行」と精神科治療薬の真実

  • 作者: ロバート・ウィタカー,小野善郎,門脇陽子,森田由美
  • 出版社/メーカー: 福村出版
  • 発売日: 2012/09/19
  • メディア: 単行本
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抗精神病薬といわれる薬が最初に歴史に登場したのは、1945年のことだそうです。
昭和20年。第二次世界大戦終結した年です。

この頃、内科領域では抗生物質というものが使われ始め、医療によって病気を克服するという考えが強く浸透しはじめたということを念頭に置く必要があります。

新しい画期的な薬で、これまで治らなかった病気が簡単に治る、という夢が語られていました。この本では、「魔法の弾丸」モデルという言葉で語られています。

当時の精神科の治療には、インシュリン昏睡、電気ショック、ロボトミーなどがあり、それらに代わるものとして、新薬が期待されたわけです。

初期の抗精神薬は、他の作用を期待した薬の開発のときにたまたま患者に「多幸感」をもたらすことがわかったり、筋弛緩作用があることがわかったりしたことから実用化されています。精神障害の原因というような部分に直接作用するものではないことは、その時点では明らかだったのですが、どうも1960年を過ぎた辺りで、ちょっとしたイメージの変換が起こったらしいです。(第4章)
製薬会社と医師会によってイメージの操作が行われた可能性をこの本では指摘しています。気分を落ち着けたり、気分を明るくしたりする作用が経験的にわかっているだけの薬に「抗精神病薬」「抗うつ薬」といった名前をつけると、特定の障害の治療薬という印象を与えます。それを後から説明するために、脳内科学物質のアンバランスといった仮説が立てられるようになったのだといいます。(第5章)

私たちがよく見聞きする、セロトニンがなんとか、とか、ドーパミンがなんとか、とか、そういう学説のことですよね。薬が先にあって、学説はあとからついてきた。

薬を使うようになったら精神科の患者が減ったかというとそうではなく、慢性化してすっきり治らず、社会生活を取り戻すことができない患者がかえって増えている現状をこの本では資料を使って訴えています。アメリカの話ですが、日本も、まあ似たような状況があるんじゃないでしょうか。

後半になるとここ数年の話として、抗うつ薬プロザックADHDリタリンコンサータ気分安定剤のリチウム剤などが話題に上ってきます。この辺りになると、読んでいてあまり気分の良い話ではありません。製薬会社があの手この手で薬のイメージを高めようとしたことが書かれています。一口に言えば、金儲けですよね。

医学的な説明について細かい議論をするような知識は、私は持ち合わせていませんが、

薬の効能を過信してはいけないし、それに頼ってもいけないし、長期に飲み続けるときはかなりの注意が必要であることは、よくわかりました。

 
私自身、精神科の薬にお世話になった時期を経てどうにか健康を取り戻そうとしている一人として、ここに書いてあることを事実として受け止めるのにはそれなりの痛みがありました。でも、

この本を読むと精神科の薬だけが悪者のように見えますが、振り返って、他の薬もどうでしょうか。短期的には良いように見えて、結局は患者の状態を悪くするような薬や治療が、内科や外科にないと言い切れるでしょうか。

20世紀という時代は今から見ると、いささか強引に病気を征服しようとしたり、手っ取り早く金儲けをしようとしたりして、人々から長期的な視野が見失われていた時代だったようにも思います。それらを冷静に見つめなおして、もういちど、病気との付き合い方を模索する時期に来ているのだと言えるのかもしれません。

いろんな精神の病が、脳の機能障害といわれました。それは精神科の病気の歴史ですが、同時に精神科の薬の歴史でもあったわけです。精神科の病気を考える上で本当に大事なのは、患者のひとりひとりが周囲の人とどうにかうまく関われるようになってそれなりに充実した人生をまっとうできることであって、今ある不快な症状、それも周囲の人から見た不快な症状を抑えること、抑え続けることではないはずです。

読み終えてから記事にするのに時間がかかりました。
今精神科の薬を飲んでいる人には不安な材料が含まれている本ですが、薬の止め方には順序がありますから、勝手な判断で止めるのではなく、信頼できる医師を探して欲しいと思います。より充実した、自分らしい人生のために。
 



( 『心の病の「流行」と精神科治療薬の真実』 ロバート・ウィタカー/著 小野善郎/監訳 門脇陽子・森田由美/訳 2012年9月 福村出版 ANATOMY OF EPIDEMIC by Robart Whitaker 



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