標準的な脳などどこにもない

** 脳の個性を才能にかえる 子どもの発達障害との向き合い方  トーマス・アームストロング(アメリカ) **


障害じゃなくて個性と考えましょう、というようなフレーズをよく聞きますが、どこまで本音なのかわからないことがよくあります。

優劣じゃなくて違いなのだと謳っていても、多数派に近づきあわせるためのサポートしか用意されていないこともよくありますね。

この本は、アメリカの特別支援教育の現場から、脳の個性、多様性について書かれた本で、原題は、
 THE POWER OF NEURODIVERSITY
ザ・パワー・オブ・ニューロダイバーシティ 直訳すれば、「脳の多様性」です。

脳の個性を才能にかえる 子どもの発達障害との向き合い方

脳の個性を才能にかえる 子どもの発達障害との向き合い方

いちばん印象に残ったフレーズは、
「人間の脳は機械ではなく生態系に似ている」(p.26)です。

ニューロンのグループが環境の刺激に応じて優位をめぐる競争をくり広げている。(中略)人間ひとりひとりの脳は、むしろ、同じものがふたつとない雨林に似て、成長や腐敗、競争、多様性、淘汰に満ちている(p.28)

脳は森のようなものだというたとえからイメージを膨らませました。確かに、森にはいろいろあって、針葉樹の森、広葉樹の森、熱帯雨林など、それぞれにタイプがあります。また、同じ広葉樹の森でも、どの種類の木が多いか、下草は何が生えているか、どんな昆虫や動物が棲んでいるか、似ているようで少しずつ違います。

細胞が増えたり減ったり、バランスを保ちながら生きているのが人間の脳だから、ひとりひとり違っていて当たり前なんだということですよね。

このような考え方は一昔前までは取られていませんでした。
脳は機械のようだと考えられてきたし、今でもそのように漠然と考えている人が多いと思います。定型発達という標準的な脳があり、それと違っている脳は<障害>、機械に例えるなら故障や不良品のように考えられてきました。

しかし、私たちが当たり前のように思ってきた<標準的な脳>という見方も、実は200年足らずの歴史しかなかったということに気づきます。

おもしろいことに、『オックスフォード英語辞典』を見ると、「normal〔ふつうの〕」という言葉が一般的に使われるようになったのは、ようやく1840年になってからだ。(p.261)

統計学によってデータの平均値を求め、それを<ふつう>とみなすやり方は19世紀に始まっています。大量の工業生産品を作る、農産物や海産物を流通経路に乗せる、といった現代の経済活動は平均値に近いものと規格外のものを分けることで成り立っているし、ついついなんにでも同じような考えが当てはまるような気になってしまうのですが、ちょっと立ち止まって考えると、自然な状態のものにこれを当てはめるのは無理がありますよね。

人間の脳というものは元来、ひとりひとりが違っている個性的なもので、それを統計的に平均を出したところで、その平均値を持った典型的な<標準>人間がどこかに存在しているかというと、そんなものはないのだといいます。

確かに、シベリアの森と、アフリカの森と、アジアの森を平均して標準的な森としたとして、そんなものは頭の中でこしらえた非現実的なものでしかないです。

そして、連続して分布するなかの真ん中の方が望ましいとか、優れているとか考えるのも、偏った見方であろうと思います。


この本では、ADHD自閉症ディスレクシア気分障害、不安障害、知的発達の遅れ、統合失調症について、それぞれの個性的な脳の特徴を検討し、それを社会の中でどう活かすか、また、活かすために社会をどう変えたらいいかといった視点で論じていきます。

違っていていいのだ、極端に違っていることに必要以上の引け目を負う必要はなくて、それなりの生き方を求めていけばいいのだというメッセージが全体から伝わってきます。

障害がないといっているのではないです。極端な脳であることで、困難は実際に生じます。早期発見も治療も必要です。でも、そのような脳を持つことによる困難と、劣等感を持ったり差別されたりすることによって生じるマイナスの面とは区別して考えたらいいということなのだと思います。


ダイバーシティ、多様性という考え方は、統計的な平均とそれ以外という構造で考える古い頭ではついていけない考え方です。ずっと染み付いてきた考え方を変えるのは大変ですが、新しい時代の潮流のひとつとして見えてきているという感触があります。

忘れてはならないのは、人間の脳は機械ではないし、一生変わらないものでもないということです。環境に適応し、あるいは自分から環境に働きかけて環境を変え、積極的に生きていくことで、脳はより自分らしい脳として整っていくのだと考えられます。

ダイバーシティの考え方を取り入れると教育の姿はまるで違ったものになるだろうと思います。社会での人々の働き方も変わっていくだろうと思います。そのなかで、発達障害精神障害もこれまでとは違う角度から議論されていく時代が、もうすぐそこまできているように思いました。




( 『脳の個性を才能にかえる 子どもの発達障害との向き合い方』 トーマス・アームストロング/著 中尾ゆかり/訳 2013年6月 NHK出版 THE POWER OF NEURODIVERSITY by Thomas Armstrong, PhD)  



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