受け止める大人の力と子どもの育ち

   ** 現代<子ども>暴力論 芹沢俊介 **

  
25年ちかく前の1989年に出版された本で、私が読んだのは加筆、増補されて1997年に出されたものです。私より先に読まれた方もたくさんおられると思います。

イノセンス”というキーワードで、時代の中の子どもをめぐる暴力の問題を解き明かしていく評論集です。

現代「子ども」暴力論

現代「子ども」暴力論

イノセンスというのは、一般的には、無実、無邪気といったような意味で使われる言葉ですが、この本では、「根源的な受動性」(p.21)ということをイノセンスという言葉で表現しています。

子どもは、親も、生まれてくる時期も、性別も、名前も選ぶことはできず、ただただ受身な存在として生まれてきます。これが、根源的な受動性。ここに生まれようとか、女がいいとか、自分で決める自由はなく、仕方がない形で存在させられます。
このような不自由は強制されたという点で「暴力と言いかえてもいい」(p.21)と考えることから、この論集は始まります。

ひとは、おとなになるとき、このイノセンスを捨てるのだといいます。この世に生まれたことを肯定し、親たちから生まれたことを肯定し、自分の身体と名前を肯定する。その過程の中で、イノセンスは放出されてくる。こどもが放出してくるイノセンスを、周囲の大人は、受け止めなければならない。上手に受け止められたイノセンスは解体されるが、大人側の受け止めがうまく行かないと、イノセンスはさらに封じ込められ、極端な形に膨らんで暴力として現れてくるのだと。

家庭内暴力、拒食症・過食症、校内暴力、暴走族、性非行、体罰、登校拒否……といった、数々の子どもの問題が、このイノセンスの放出というキーワードで語られていきます。

ところで、イノセンスをうまく受け止めるというのはどういうことを指すのでしょうか。次のような例が挙げられています。

四歳で養子として養親との出会いをした子どもが、自分にはたくさんの家族がいるという幻の物語を語ります。そこに養親が「そう、すてきね。そのなかに新しいお母さんも入れてほしいなぁ」と答える。幻の物語は、ここでは四歳の子どものイノセンス、苛烈な現実を受け入れがたい気持ちの放出であり、養親に肯定的に受け止めらたことで、このイノセンスは解体されたと解説されています。もし、幻の物語が否定されていたら、イノセンスは未完のまま内部に残されるだろうと書かれていました(pp.8-9)。

これを、親の立場として捉えると、このような受け止めは、どうでしょうか。誰でも簡単にできることでしょうか。少なくとも私には、難易度の高いものとして映りました。初めて子どもを持つ若い両親や、駆け出しの教師たちに、当たり前にできることとは、到底思えませんでした。

大人の側が、成熟していないということなのでしょうか。

この答えの一部は、児童虐待について書かれた章(p.200〜)にありました。
望まぬ妊娠や、先天異常などの育てにくい子どもを持ったことが、親の方のイノセンスの放出としての虐待につながるということが書かれています。親が、現実を引き受けることができない。自分のせいじゃない、好きでこんな風になったんじゃないという思いを子どもにぶつけてしまう。

女性が個人としての人生を大切にし、出産を計画的に行うようになってきた時代背景との絡みを著者は指摘しています。計画的な家族の時代においては子どもは学校、家庭、社会から、手のかからない子であることが意識的、無意識的に要請される、これも、暴力の一形態ではないかということを著者は指摘しています(p.209)。

この章は1994年に加筆された分で、男女雇用機会均等法が施行されて数年といった時点で書かれています。それから20年ほどが経過した今、親子の関係というものが、子どもがイノセンスを放出する場から、むしろ、大人がイノセンスを放出する場へと移行してしまっていると解釈できるのかもしれません。

おとなになることは、人生を引き受けること。生まれてきた運命を受け止めること。そのために、自分のイノセンスを解体すること。そうやって初めて、子どものイノセンスを受け止めて、子どもの成長を引き出していくことができる。そうだとすれば、親や教師や、社会全体が、ほんとうの意味でおとなになることをもういちど考えていかなければならないでしょう。

この本を読んで、発達障害というものがこの20年間に、育てにくい子、教室に適応的でない子という文脈で語られたこととの重なりを感じずにはいられませんでした。発達障害と呼ばれる子どもが内部に持つ荒ぶる力も、まぎれもなく成長への叫びであり、受け止める大人の度量の大きさを試しているのだろうと思います。

 
( 『現代<子ども>暴力論』 芹沢俊介/著  1997年8月 春秋社 



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