アタマの良さにも個性があると考える時代がやってきた

   ** ワードマップ 認知的個性 違いが生きる学びと支援 松村暢隆・石川裕之・佐野亮子・小倉正義/編 ** 


教育学の分野の本です。子どもの発達をどうとらえていくか、という視点から、人間の認知の個性を論じる内容です。ここで発達障害がどう論じられているかは、興味のあるところですよね。

認知発達の個性というと、以前の記事『認知のタイプ 視覚と聴覚』で、視覚優位・聴覚優位などの考え方を取り上げました。
また、認知の凸凹ということばからは、ウエクスラー検査の下位検査のばらつきを連想する方もたくさんいらっしゃるようです。

この本で論じられている認知の個性というのは、それらとはまた違った視点で捉えられています。

ワードマップ 認知的個性―違いが活きる学びと支援

ワードマップ 認知的個性―違いが活きる学びと支援

認知的な個人差といえば、普段の言葉に言い換えればアタマの出来不出来、知能の発達程度、といったものにおおよそ置き換えられると思います。

なんとなく、できるかできないか、進んでいるか遅れているかといった一つの尺度で測ることができると思っていますよね。

性格の個人差は個性だけれど、頭脳程度の個人差とはすなわち程度が高いか低いかだけである、と。

この<一般常識>は、学問の世界でも通用していました。ピアジェという学者の『発達段階』という考え方で、ある年齢時期にはこれこれの発達が起こるという標準的なものを想定していました。人間の子どもは一つの道筋に従って順序よく発達していくと考えられていたのです。学校や幼稚園の先生方はこれを教科書のようにして学んできたと思われます。ピアジェは認知の部分しか論じなかったらしいのですが、教育現場では、認知や言語、社会性などの異なる機能でも、

足並みそろえて発達していくのが「健常」な状態、基準からの大きなずれは障害、すなわち正常な発達からの時間的な遅れ、または機能の欠陥だと考えられがちとなった。(3ページ)

この本の初めに語られているのは、そのような発達観を変えるということです。

1970年ごろから起こってきた、さまざまな研究の成果を紹介し、人間の認知はひとりひとり個性ある姿で発達するということを理論として理解し、教育実践のあり方に繋げていこうというのが、この本の狙いです。

  認知的個性 Cognitive Indeividuality CI

この言葉は、この本を執筆した複数の著者で共有するキーワードとして使われています。

アタマの良さ、発達の程度はこれまでIQ(知能指数)という単一の尺度で測られてきましたが、これに対してはガードナーの多重知能(MI)理論、スターンバーグの知能の三部理論が紹介されています。

1.多重知能(MI) 8つの知能が独立してあるとする考え方
           言語的知能、論理数学的知能、音楽的知能、
           身体運動的知能、空間的知能、対人的知能、
           内省的知能、博物的知能    
2.知能の三部理論  知能がどんな過程で、どんな経験(内容)について、どんな結果を出すかという観点から、知能には3種類あるとする考え方
           分析的(analytic)知能
           創造的(criative)知能
           実際的(practical)知能

また、創造性の個性についても研究があります。理科については創造的な子どもが音楽については創造的でなかったり、美術だけ創造的な子どもがいたりしますが、それらが研究で裏付けられてきているといいます。一般的に創造性が高い人と低い人がいるのではなく、創造性の凸凹が各自違うのだというわけです。


この本では、これらの新しい理論を踏まえ、認知には個性があるという前提にたって、才能教育、個性化教育、特別支援教育という3つの教育を統一的に論じています。

ここで才能教育とは、エリート養成の英才教育のことではなくて、一定の優れた能力の子どもたちに応じた教育のことです。世界の先進国のなかでは日本で行われていないのが特異らしいです。心理学的な意味での才能にはいくつかの考え方がありますが、レンズーリは才能の三輪概念として、普通より優れた能力、創造性、課題への傾倒をあげています。

個性化教育は、1970年代以降日本の公立学校で取りいれられている個に対応した教育なのだそうです。しかし、これは順調に定着しているというより、むしろ行き詰っていると書かれています。

特別支援教育については解説は必要ないとは思いますが、ここで、取り上げたいのは2E(ツー・イー)教育です。2Eとは二重に例外的な、という意味を持つ英語の頭文字で、才能と障害を同時に持つ子どもたちのことです。2E教育はアメリカの一部の学校で取り入れられていますが、才能教育と特別支援教育の両方を同じ子どもに施すということになります。

これはとりもなおさず、発達障害の子どもたちに当てはまるものです。ここでは、継次処理、同時処理という認知処理様式の違いを利用しています。日本の特別支援教育でも、苦手の補償のためにこれに似た方略が取られることがあるそうですが、2E教育では、優れた潜在能力を伸ばす目的を持っていることが異なっているようです。


こうやって見てくるとわかるように、この本の考え方のなかには、もはや「定型発達」や「一般知能」という窮屈な大前提はありません。発達の個人差が、ある程度個性に属するものだというのは、発達障害の子どもたちを見ていたら感じるものではありますが、それらが理論的に支えられること、教育制度のなかで認知されていくことは、発達障害のような大きな個性を持った子どもたちに大きな自信を与え、より良い人生を支援するために役立つのではないかと思われます。

また、学校教育全体、ひいては日本の社会制度全体に対して、新しい世界観をもたらすもののようにも感じられました。ほら、そこの職人さんは、分析的知能に比べ実際的知能が優れている人かもしれません。見え方が変わってくると思いませんか?

詳しい教育実践についての記述もたくさんあります。教育関係者の方々は、別の見方があると思いますので、是非手にとってご覧になると良いかと思います。




(『認知的個性 違いが生きる学びと支援』 松村暢隆・石川裕之・佐野亮子・小倉正義/編 2010年4月 新曜社


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