脳科学から理解するこどもの定型発達と、そして発達障害

** ことばでつまづく子どもたち 話す・読む・書くの脳科学 竹下研三 **



発達障害というのは子どもの発達についての用語だったということを、つい忘れてしまっていないでしょうか。同じく、定型発達というのも子どもの発達のことを指していて、子どもが大きくなるときにおおよそこのような順序で発達するという道のりのことを指しています。

この本では、人間が赤ん坊として生まれてから成人するまでの間に、どのようにしてしゃべるようになり、読めるようになり、書けるようになるのか、脳科学の言葉を使って説明しています。そしてそれぞれのステップで、発達につまづいてしまう、気になる子どもたちのことを丁寧に解説しています。

著者は厚生省や文部省の発達障害研究の主任研究者もつとめた経歴を持ち、現在は九州のNPO法人で発達問題のセカンドオピニオンを提供しているそうです。非常に専門的な内容でありながら、この本は子どもの発達を心配する親御さん向けに書かれており、わかりやすい表現でまとめれています。また、親御さんが子どもさんに接する時に気をつけるポイントも簡潔に押さえられていて、非常に内容の濃いものです。



ことばでつまずく子どもたち―話す・読む・書くの脳科学

ことばでつまずく子どもたち―話す・読む・書くの脳科学

 

子どものことばの発達には5回ほどの発達時期があるということがうしろの方で述べられているのですが、この本そのものがその発達の節目に沿って組み立てられていることがわかります。5回の発達時期は次のようなものです。

・3〜10か月  ことばを理解する
・2〜4歳    会話力を獲得する
・6〜8歳    文字を読む
・10〜12歳  文字を書く
・14〜16歳  文章を書く

5歳ごろに、脳の側性化(そくせいか)というものがおこり、左右の大脳に仕事を分け、いわゆる左脳右脳という役割ができてくるのですが、それまでは子どもは脳の全体でことばを受け取り、いろんな感覚と連動させて言語能力を伸ばしているのだそうです。左利きの人でも70パーセントの人は言語機能が左脳にあり、30パーセントが右脳にあるのだそうですよ。

 

それぞれの段階で、いわゆる定型の脳の発達のしくみについて詳しく解説するとともに、うまく発達ができない子どもたちについて、順次説明されています。○○障害というのがたくさんでてきますので羅列してみます。

乳児期、幼児期の段階で解説されている発達の障害は、自閉性の障害、ネグレクトによる発育障害、表出性言語障害です。表出性言語障害は理解はできてもしゃべらない、いわゆる『ことばの遅い子』で3歳児で100人に5〜6人と、よく見られるものです。経過観察は必要なものの、軽快する場合が多く、表出性言語障害はしばしば誤診され子どもや家族を混乱させている、と、書いてありました。経験的に大丈夫な子が多いというのはわかっていても、自閉症や知的障害などとの区別は、しろうとでは難しいものがありますよね。

ことばに限らず、3、4歳ごろの幼児の発達にはとても個人差があるものだということが述べられています(47ページ)が、これも初めての親御さんにはとても大事な情報だと思います。大事なポイントはコミュニケーションで、こわい、かなしいといったネガティブな感情をしっかり理解させるために、話をよくきいてあげること、歌や絵本の読み聞かせなどが良いのだそうです。字を覚えさせるためではなく、感情を豊かにするための読み聞かせがポイントのようです。

就学時ごろから出てくる学習の問題にからめて、先天性脳梁欠損症、音韻障害などが紹介されています。「うるとらまん」が「ウルタマン」などの幼稚っぽい発音が7歳を過ぎても取れないと音韻障害なとなりますが、訓練で良くなる場合がほとんど、しかしまれに先天性に語音をつくる能力が障害されているケースもあるのだそうです。また、てんかん性の脳波が出ていて言葉をよく理解できないランドー・クレフナー症候群というのもあるらしく、学習障害、知的障害と誤診されているケースが多いそうです。

学習障害については、脳のメカニズムからしっかり解説してありました。文字理解や文字を書くことの脳内のルートはかなり解明されていて、それらのどこかが障害されていることでディスレクシアや書字障害は起こると考えられているようです。男児に多いことからホルモン原因説もあるとか、欧米では読字障害の遺伝子研究がすすんでいるといったことも書いてあります。

それとは別に、早期産児では脳の白質部というとことろに血流障害が起きやすく、学習障害や発達性協調運動障害を起こしやすいのだそうです。MRIで画像画像診断すると、白質形成異常を見つけることができるということでした。

読字障害について興味深かったのは、漢字かな混じりの日本語では、アルファベット系の言語とは違う脳の場所を使って文字を読んでいるらしいということです。紡錘状回というところを使うのだそうです。

文章を書くことについては、作業記憶と実行機能についての解説がありました。書く内容についての構想があり、それが言語化され、文字化され、書かれたものを推敲するという一連の流れができるためには、作業記憶と実行機能が必要なのだそうです。これは、文章を書くだけでなく、自分を見つめるという内面的な思考に関わることだといいます。

文章を書くことにつまづく子どもの疾患として、自閉症、注意欠陥/多動性障害、乳幼児期の虐待後遺症をあげてありました。ADHDは脳内物質の機能異常と考えられ、遺伝要因と環境要因の両方が関与されるとあり、うつ病との関連も述べられています。文章化の段階でつまづく子どもたちにも、根気よく作文の指導をすることで、大脳の機能を伸ばすことができる可能性が述べられています。
 

読んでみてわかることは、定型発達というのは、先天性の障害を持たずに生まれてきただけでは達成できないことなのだということです。周囲の人々が子どもを世話していくなかで、子どもは環境から学び取り脳を発達させていくのであり、それらの条件が満たされなければ発達のつまづきが起きてきます。子どもを日々診察している小児科の現場では、発達につまづきがある、ということは、先天性であろうと環境要因であろうと、見え方としては同じであろうと思われます。

その状態を、つまり、定型に発達していないものを、発達の障害と捉え、その中で原因別に研究がすすんできたのが今の状況と見たらいいのかなと思いました。

特に、生後すぐから1年ぐらいの赤ちゃんが言葉を理解するようになるプロセスで、環境から学び取ることがとても大事だということがわかります。ミルクを与えて寝かされているだけでは、赤ちゃんの脳はことばを理解できるようにはならないのです。母親が病気で世話をしたくてもできなかったというような事情でも、子どもの立場から言えば虐待になってしまいます。この本では、ネグレクト後遺症を、自閉症などとはきちんと区別して説明しています。

また、先天性などの難しい障害を持った子どもでも、環境からの働きかけ、訓練、教育指導などの効果が期待できるということもわかります。子どもの脳は発達の途上であり、定型でない発達の子どもたちも、発達しようとする力を持っているわけですから。いろんな発達のしかたの子どもたちがあり、それらはすべて環境からの働きかけに支えられているのだといえます。

その環境は、大きくまとめれば、五感から感じ取ることや感情との連動が大事だといえます。乳児では抱っこや語りかけ、幼児では遊びや歌や絵本の読み聞かせ、学童期では字を書くということや作文指導について述べられています。また、幼児期では1日に4,5時間親子や子ども間の会話が必要、遊びが大事でテレビは少なく、けんかから学ぶこと、しつけにより社会性を、というようなことが書かれていて、どれも子育てとしては当たり前のようなことなのですが、これらが脳を発達させる大事な環境だということを理解すると、親御さんとしても取り組みやすいのではないかと思いました。

 
脳科学の立場から子どもの発達と障害について解説したものはとても少なく、貴重な知識を得られたと思います。改めてこの本で学んだことを振り返ってみると、現代の標準的な子育ての環境がすでに、脳の定型発達にとって難しい状態になっているのではないかという危機感を感じました。特に乳児期は、たくさんの大人や子どもの生々しい会話が飛び交う中で、おんぶされて市場や畑などに連れ出されていた一昔前とは違い、密室かスーパーマーケットか保育所の乳児室かテレビというような環境です。数十年前の研究者が観察したであろう<定型発達>をしている子どもは、実はもう少数派になっていてもおかしくない状況ではないかと思います。

この本では、ネグレクトや虐待の後遺症については述べてありますが、脳の発達に子育て環境が大事といいながらその不足を原因とする発達の未熟さについては記述はありません。日本の社会構造との深いかかわりを持つ子育て環境の変化については、外国の借り物では表現できないと思うので、日本での研究の進歩に期待したいです。












(『ことばでつまづく子どもたち 話す・読む・書くの脳科学』竹下研三  2011年9月 中央法規 )



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