発達障害がなぜ統合失調症と誤診されてしまうのか

    **精神科セカンドオピニオン2 発達障害への気づきが診断と治療を変える  適性診断・治療を追求する有志たち**


『精神科セカンドオピニオン』というのは、実在したウエブサイトの名前です。2005年10月に開設され、掲示板に寄せられた質問に答える形で、診断と処方についてのセカンドオピニオンを提供し続けてきました(現在は閉鎖)。そこで知り合った患者・家族を中心に、2008年、同名の本『精神科セカンドオピニオン 正しい診断と処方を求めて』が出版されました。今回取り上げる本は、その続編として2010年にまとめられたものです。副題のとおり、発達障害をテーマにしています。

2008年の本は反響を呼び、相談者数は爆発的に増加した。それは、想定内のことであった。しかし驚いたことに、急増した相談者の約9割が、発達障害の二次障害を統合失調症と誤診された人たちだったのである(10ページ)

 
ここで、発達障害という言葉で表現されているのは、おもに自閉症圏の発達障害(PDDやアスペルガー障害など)を指しています。この本には、統合失調症などの精神疾患ではないにも関わらず抗精神薬を処方され、副作用に苦しんだ19人の発達障害者の人たちのエピソードが、患者や家族の手記、医師の解説という形で紹介されています。解ってもらえなかった長くつらい道のりをひとつひとつ読み続けるのに、エネルギーが要りました。


精神科セカンドオピニオン2―発達障害への気づきが診断と治療を変える (精神科セカンドオピニオン)

精神科セカンドオピニオン2―発達障害への気づきが診断と治療を変える (精神科セカンドオピニオン)

 



気がつくのは、誤診をしたとされる病院が、いかにも<金の亡者の悪徳病院>であったかというと決してそういうことはないという印象があることです。大きな病院、大学病院などで診断を受けていました。


大病院だからといってやはり信用できない、ヤブ医者だ、金儲け主義で患者を仕立てあげたに違いない、と批判することもできるでしょう。つつけば何か出てくるかもしれません。


でも、それだけでしょうか。


なぜ、自閉スペクトラム性の発達障害を持った人が、統合失調症として誤って治療され、薬害で苦しむことになってしまっているのでしょうか。



この本によると、統合失調症と誤診されたケースのほか、うつ病強迫性障害とされたケースでも、発達障害がベースにあったと考えた結果、薬を減らすことに成功しておられ、漢方薬サプリメントも含めた処方で安定しておられるのですが、私が読む限りでは、発達障害といっても、スペクトラムの中では比較的軽い方の障害を持つ方たちが多いように思います。それに近いことが、本の冒頭の文でも触れられています。 

本来であれば、発達障害の実体を表そうとするとき、「障害」の語意はふさわしくない。「自閉性気質」「アスペルガー感性」などがよさそうだが、ぴったりとくるものが見当たらない。(9ページ 笠陽一郎 医師)

彼らは、はっきりとした自閉傾向を持つのではなく、うまく人と関われないゆえに人の気持ちを気にしすぎるというような人間関係への過敏性を持った人たちで、自己診断をして発達障害の専門医を訪ねていっても、発達障害ではないといわれていた人さえいます。生育の過程でいろんな傷つき体験をしたものが積み重なり、心の成長のつまづき、発達が阻害されるというような状態を起こしており、手記などの文中にはそれを発達の障害=発達障害と読み替えてしまっているような記述さえうかがえます。発達障害は乳児期・幼児期から認知発達に特異性があり、出生時までにその原因を求めるのが一般的だと考えられますが、彼らの場合、その素因は気質と言ってもいいくらいの軽いものなのにもかかわらず、成長過程での体験が重なって、二次障害という形になっているわけです。


自閉症の傾向が幼少期から顕著に認められるような<濃い>タイプではなく、一見友だちもいて、成績も優秀で、でもなんとなく周囲に違和感があった、というような生育暦を持つ、いわば、<薄い>タイプの発達障害の人が、精神の不調を訴えたとき、それは、どのように見立てられるのでしょうか。




この本の記述を読むと、いくつかの問題点が浮かび上がってきます。


ひとつは、診断のプロセスでの問題です。

幻聴を疑って「何か声が聞こえるということはありませんか?」と聞かれても、自閉圏の人は文脈を推し量ることなく、字義通りに「声は聞こえています」などと答えてしまうことがあるわけですが、医師はそれを、幻聴があると解釈してしまいます。問診時点での行き違いがあることは、容易に想像できます。


二つ目は、薬剤過敏の問題です。

たくさんの誤診の例からわかってきたことは、発達障害を持つ人たちは、薬剤への過敏性を持つことが多く、少量の抗精神薬でも強い副作用が出てしまうということなのだそうです。副作用として、おかしな言動や、ボーっとしてくるなどの症状が起こってきても、それは病気が進んだと解釈されてしまい、薬の量や種類がだんだん追加されてしまうのには、そのような背景があるようです。


そして、三つ目が、統合失調症の診断基準そのもの(?)の問題です。

統合失調症の疾患概念の発展に大きく貢献したブロイラーやクレペリンの言う「統合失調症」の中には、実際にはPDDも多く含まれていたと考えられるふしもある。(52ページ、清水誠 医師)

脚注によると、ブロイラーとクレペリンは、20世紀初めに、精神病をそううつ病系と統合失調症系の2系統に分けた高名な医学者です。その伝統が100年後の今も引き継がれ、診断の基準にされているわけです。自閉症というのは、それから半世紀ほどあとに、カナーとアスペルガーによって報告され、最初は統合失調症の仲間とみられ、後に分離していることは、発達障害の入門書には必ずと言っていいほど書いてあります。


が、それは、まず、子ども特有の障害として分離され(だからこそ発達障害と名づけられ)、大人の障害について論議されてきたのはここ10年ちょっとのことであるのは、周知のとおりです。


ということは、大人の統合失調症の診断基準はそのままで、児童精神科のほうから発達障害だけが輸入されたということです。100年前から大人の統合失調症の特徴、症状とされてきたものの中に、どれだけのPDDの特徴が紛れ込んでいたとしても、どれが共通でどれが違うのか、きちんと整理されたものは、実は、まだない、ということだといえると思います。



統合失調症とされたケースのなかに、大人のPDDが含まれていて、それが立派に診断例として載っている医学の教科書が、そのまま権威を保っているとすれば、それで勉強した医師が、「あの教科書のあの症例に良く似ているから統合失調症に違いない」と判断しても、おかしくないわけです。


大学でまじめに教科書を勉強してきた医師ほど、自信を持って誤診してしまうということになってしまいます。


この本に出てくる複数の医師たちも、発達障害のことをちゃんと勉強する前には、多数の発達障害統合失調症と誤診したと告白しています。

発達障害概念の登場により、一度統合失調症概念を根本的に見直す必要があるのではないだろうか(53ページ 清水誠 医師)


<薄い>発達障害者たちが、精神のしんどさを医師に訴えたとき、彼らは統合失調症に見えてしまう。それは構造的な問題であって、単に医者が不勉強とか病院経営がとかそういうようなレベルの話ではないように思います。



日本では、それに加えて別な問題もありました。1990年ごろに、初期統合失調症という概念を発表した医師があり、はっきりした妄想などが認められなくても、考えが浮かんでくる、なんとなく見られている、というような漠然とした不安感があれば積極的に治療しようとするようになったということです。そうなると、問診時のちょっとしたやりとりの間違いで、簡単に統合失調症となってしまう可能性が増えてしまいます。


本の中で繰り返し批判されている多剤大量処方については、日本の医療制度そのものの問題をふくんでいることは、新聞その他でも報じられていることで、精神科だけの問題ともいえないでしょう。


そして、DSMのような診断マニュアルを使った診断方法の問題もあります。過去の生育暦など全く関係なく、今の状態だけで診断し、薬を処方することが可能です。




ここ数年、大人の発達障害の周知度は高まってきました。特に、<薄い>タイプで二次障害を合併した自閉症スペクトラムについて活発に議論されているように見受けられます。同時に、診断の乱発といった問題も生じてきています。社会からの認知のされ方が混乱して、発達障害らしい<濃い>タイプが正しく理解されにくくなるということさえあるのではないかと心配になります。


どうか、医学界の皆様で、きちんと論理だてた診断ができるように、理論を整えていただきたいと思います。


まじめで有能な医師たちが、迷わずに自信を持って発達障害を診れる日がきますように。そして、患者が安心して、どこの病院でも発達障害の診断を受けられる日が来ますように。




読者の方にお願い:

このブログの記事を読んだ方のなかで、
もし、今の時点で抗精神薬を処方されており、誤診・誤処方ではないかと疑いを持たれたとしても、決して自分の判断で薬を減らしたり止めたりしないでください。薬を止めることによる副作用もかなり強いのが抗精神薬だと聞いています。医師と相談して、徐々に減らすようにしてください。つらい病気の症状を持ちながら、主治医に相談を持ちかけたり、セカンドオピニオンを求めて他の医師に相談したりというのは、大変エネルギーが要ることだとは思いますが、素人判断の減薬は危険と心得て必要な手順を踏んでください。急がば回れです。





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