障害であることは事実だが、同時に個性でもある

    **まっくらな中での対話  茂木健一郎withダイアログ・イン・ザ・ダーク**


視覚障害者という人たちは、すぐ見分けがつくし、少なくとも、発達障害に比べれば、外から見て、わかりやすい、と言っても、怒られないと思います。でも、視覚障害者がどんな世界を経験し、何を考えているかは、理解されているとは、言えないでしょう。


この本は、脳科学者として知られる茂木健一郎さんが、視覚障害者の人たちと対談をするという形を取っています。彼らは、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」のスタッフです。



まっくらな中での対話 (講談社文庫)

まっくらな中での対話 (講談社文庫)



ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というのは、真っ暗闇を体験するソーシャル・エンターティメントです。1989年にドイツで始まり、世界30ヶ国、約100都市で開催され、1999年からは日本でも毎年開催されていると、表紙の裏にあります。

 
参加者は、グループを組んで完全に光を遮断された真っ暗な部屋へ案内されます。付き添うのは、視覚に障害を持ったアテンド・スタッフ。参加者は、どんなに目を凝らしても何も見えない暗闇の中で60分間、部屋の中にあるものを一つ一つ確認したり、食べたり、しゃべったりするうちに、意識が変わってくるといいます。グループの中に連帯感ができ、親密になり、癒されるらしいです。また、音や匂いの感覚、体の内部や手足のイメージまでが新鮮に感じられ、驚きや感動の体験となるのだそうです。いわゆる、福祉イベントとしての視覚障害体験ではなく、エンターティメント。映画や遊園地の乗り物のように、楽しむために参加する催しだということです。


立場が、逆転する。


繰り返しますが、暗闇のエキスパートとして、見えない世界をすいすいと案内してくれるのは、視覚障害者です。


茂木氏によれば、人間の脳の三分の一が視覚領域なんだそうです。視覚を遮断すれば、聴覚や嗅覚、触覚などが活性化され、脳の全体性が回復されるそうです。健常者は視覚に頼りすぎ、アンバランスになっているわけです。「ダイアログ」を経験することで偏りが修正されると、癒しにつながるといいます。



本は、前半で、「ダイアログ」を日本で立ち上げるまでの経緯や催し全体のことを、企画・運営の志村季世絵さんと対談する形をとり、後半は、アテンド・スタッフの視覚障害者3人を加えて5人で座談会をするという形になっています。


「ダイアログ」に参加した見える人たちに意識の変化と癒しがあったのと同時に、スタッフとして関わった見えない人たちにも、変化があったように思いました。


一人は、見えないことにはメリットもあると感じたといいます。見える人の方が何でも上ということはない、と。

ああ、見えている人でも、いい意味で大したことはないんだな(106ページ)


彼らは、音の反響で、部屋の広さや壁の材質などがわかり、声の方向で相手がこちらを向いているかがわかり、地図をイメージしながら方向感覚だけで目的地に行けます。匂いを手がかりにすれば、冷蔵庫のめんつゆを麦茶と間違えるなんて失敗はあり得ないし、熱いスープを大口に飲んでやけどすることもありません。いろんな場所のパターンを分析して覚えておくので、論理的にならざるを得ません。彼らを前にすると、視覚に頼りすぎている人が間抜けに見えるシーンはいくつもあるみたいです。

見える人たちは、物事を色とかビジュアルとか映像とか、そういうもので認識しているけれども、一方の僕たちは、テクスチャーとか質感とか立体的な形とか、そういうもので世の中の物事を把握している、それだけの違いなんです(214ページ)。


困ることもたくさんあるといいます。自動販売機で飲み物を買うときは、何が出てくるかわからないからルーレットの感覚だとか、ここに電柱あったな、と、ぶつかって確認するとか、え、そうなの?と思うような話も出てくるのですが、それが彼らの日常で、彼らの生活なのだという、自信のようなものが、なんだか伝わってきます。写真を撮って、見える人に感想を聞くと、ひとりひとり違うことを言ってくれる。十人に聞けば十人の目で見ることができる、これは得だという意見が出たり、耳から入る情報がすべてだから、相手の話に口を挟まずに十分に話を聞く習慣ができるという話が出たりするのを読むと、彼らが、彼らなりに、自分の生活の質に誇りを持っているとさえ感じます。

「障害であることは事実であるけれども、それは同時に個性でもあるんだ」(63ページ)

人間として、おなじなんだ、目の見える人も見えない人も、間抜けなこともある「たいしたことない」人だという感覚。そこには、理解してくださいとか、偏見を超えてとか、そういう力みがなくて、とてもさわやかな印象がありました。

おそらく、これが、「ダイアログ」のもたらした変化なのだと思います。




この本の最後の方に、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」が、ドイツで生まれた背景には、ユダヤ人を迫害した歴史が関わっているという話が、載っています。ユダヤ人の気持ちを追体験するために、ユダヤ人の印であった「ダビデの腕章」をつけて街を歩くというイベントを企画し、立場を逆転させる体験をしたことが、後の「ダイアログ」のヒントになった、ということです。目が見える多数派と、目が見えない少数派の立場を取り替えてみたらどうなるか。偏見や差別について、福祉という枠を超えて、もっと深く考える試みだったようです。


立場を逆転してみることで、人間は変われるということを、実証してくれている、不思議なイベントだと思いました。想像力を刺激するという表現が使われていますが、本当にそのとおりだと思います。発達障害の社会からの理解はまだまだこれからですが、ヒントになることがたくさんあるように思いました。


また、この本を通して、視覚障害者の生活や体験世界について、たくさんのことを知ることができました。何も知らないくせに、勝手に不自由だろうと決め付けていたこともたくさんあったように思います。これは、どの障害に関してもいえることではないかと思います。


ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は、東京で長期開催されています。機会があったら、私も是非体験したいと思いました。













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