ニセ科学を見分ける

  ** 「脳科学」の壁 脳機能イメージングで何がわかったのか ** 榊原洋一


うーん。頭を抱えてしまいました。


著者の榊原洋一さんは、発達障害関係の本も多数書かれていますし、NHKの健康番組などもに出てこられる小児科の先生ですから、ご存知の方もおられると思います。


「脳科学」の壁 脳機能イメージングで何が分かったのか (講談社+α新書)

「脳科学」の壁 脳機能イメージングで何が分かったのか (講談社+α新書)



脳機能イメージングとは、画像で脳の状態を読み取る技術のことをさしており、この本では、おもに、PET、fMRI、脳磁図を紹介しています。


せっかくですから、お勉強としてまとめます。

PET 陽電子断層撮影装置(Positoron Emission Tomography)
1970年代〜 放射性同位元素を静脈注射して、ブドウ糖や酸素が多く消費されている部分を知ることができるもの。解像度が低いのが難点。SPECTもこの一種。
脳活動で変化した部分が色つきで表される。
fMRI 機能磁気共鳴画像装置(functional Magnetic Resonance Imaging)
酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンで電磁波が違うことを利用し、脳の中の部分の血流の変化を見ることができる。PETより解像度が高く、直径1ミリメートルほどのものが検出できる。
脳磁図 (magnetoencephalography:MEG)
脳内を電気信号が走ると磁場が発生することを利用して、ミリ秒単位で起こる速い脳内活動が可視化できるようにしたもの。脳に垂直な流れや脳の深いところが測定できないことや、高価なことなどもあり、あまり普及はしていない。


どの方法でも、おおかた、ある活動をしているときに、脳のどの部分が活発に動作しているのかをリアルタイムで見ることができるということがわかります。だんだん解像度が上がってきていることも。


それで、この本は、これらを解説したあとで、最近はやりの「前頭葉ブーム」を批判するという流れになっています。


この部分が、うーん。なのです。


ヒトの脳の前頭前野前頭葉の中にある)は、ほかの動物と比較すると、大きいということ。各種テストによって、ワーキングメモリーや心の理論などに、前頭前野が関係しているということがわかっていること。


ここまでは、研究者の間でも合意されていることだとしてあります。


脳イメージングの技術によって、文字の音読と単純計算は、前頭葉を含む大脳の血流の増加をおこすことがわかったこと。
音読や単純計算によって、認知症の改善をしめす機能の向上が見られたこと。


ここまでは、データです。


それで、前頭葉の血流が増えたから前頭葉シナプスの結合が増えて、機能が高まったと推測したのが、前頭葉ブームのきっかけになった「学習療法」の理論的根拠なのですが、ここがおかしいと、著者は言っています。


筋肉を使うと筋肉が増えるというのの連想でそのように考えやすいがこれは誤りで、脳の血流が増えることと、神経組織が発達することとの関連性は全くわかっていないのだそうで、そう言われると、なんだそういうトリックだったのか、ということになるわけです。


また、学習や運動の熟練によって、前頭葉の血流量はあまり変化しなくなり、また、脳の血流量は全体で一定なため、他の部分も同時に使う活動(読みながら聞くなど)を行うと、相対的な変化は測定できなくなるということも述べられています。血流が増えているというのは、他の部分に比べてその部分に負荷がかかっているということを示しているものの、それ以上のことは、わからないということです。


つまり、学習療法の根拠というのは、理論的に正しくないということです。

この本では、前頭葉とくに前頭前野がまるで人間の脳をとりしきる最高の座のような理解をされていることを憂慮し、脳科学ではまだわからないことが多いということを一般の人に理解してもらおうとしています。純粋な基礎研究を軽視し、実用的な成果を誇大表現しないと予算がつかない日本のシステムを批判されたりもしています。



うーん。それはそれで理解できたのですが、なんかしっくりこないものがありました。



このブログでは、発達障害の当事者やその家族が、しろうとなりにも勉強して、自分たちの生活と照らし合わせて行こうということを目的にしています。そこで、私たちが欲しいのは、もちろん正しい情報なのですが、それよりも大事なのは、今困っていることに対して有効な情報なわけです。そこでは、学会が認めているかとか、理論的につじつまが合うかとかよりも、経験的に有効であったかの方がずっと大事です。医者の言うことよりおばあちゃんの知恵の方がいいことだってあります。


学習療法の理論的根拠がおかしいことも、前頭葉が脳の特別な場所でないこともわかりました。でも、


学習療法が認知症に効果があるという統計的なデータは、ちゃんとした論文誌にものっているということですから、それ自体は間違いではないとすると、しろうととしては、そのからくりがどのようであるかということは、たいしたことがないとも言えます。それは、専門家が解明する仕事であり、時代とともに移り変わることだからです。


また、一般には、このような科学ネタというのは、話題として楽しむもの、エンターティメントとしての側面を持ち、この本にとりあげられたような、考えた本人は大真面目だけど論理的に甘かったというようなものの他に、頭から話題性を狙ったもの、論理トリックに凝って本当らしくでっち上げたもの、SFとの境界線のようなものなどがあり、しろうとしては、へー面白いねで、たわいのない雑談のネタにして楽しむという部分もあるでしょう。自閉症サヴァンなども、テレビ番組によってはかなり興味本位で紹介されていますが、興味の入り口としては仕方ないのかなと思ったりもします。


真面目に科学しておられる方にとっては迷惑千万かもしれないけれど、人間の社会性というのは、そのような活動をしているのであり、それはそれとして割り切って、真理の追究に邁進していただかなければならないと思います。



と、ここまで、私の意見を書いても、そのあとに、うーん、が、まだ残りました。


このブログでは、できるだけ正しい、役に立つ情報を届けたいと思っています。が、私の力だけで、正しさを見極めることが本当にできるのか、ちょっと自信がなくなってしまいました。脳の血流が増える→神経組織が発達する というのが誤りだというのを見抜くのは、それなりの医学的な知識がないと無理です。


本を選ぶに当たって、権威のある方、心理雑誌や医学雑誌によく載っている方、出版社、参考文献や脚注の詳しさと引用先などは、参考にしていますが、あまり手堅いのばかりではつまらないと思いますし、自説を強調してモノを売りつけるような内容の本のなかにも、これは使える?というような面白い考えが書いてあることもあります。学会に認められていないものの中には、あまりに突飛過ぎるが将来性のある考えもあるだろうし、それが、私たちには何かヒントを与えてくれるかもしれません。


インターネット、電子書籍の時代になり、情報は氾濫し、欲しい情報は手が届きそうで届きにくくなりました。情報が正しいかどうかを見抜く力というのが、各自に必要となり、何らかのフィルターを必要としているように思います。


そういう意味では、このような本が、一般の読者向けに、専門家の手によって書かれることはとても歓迎すべきものです。専門家のなかには、一般向けの本を書く人を軽く見る向きもあるということですが、専門家でも、一般人にわかるように書けるという資質は誰にでもあるものではないので、できる方は是非この仕事に取り組んでいただきたいです。


私は私の領分で、コツコツとそのような本を読み、ブログの読者に伝える仕事をしていきたいと思います。

いろいろ考えさせられる本でした。



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