言葉を話すかどうかで知的能力を判断することが間違っているかもしれないと考えてみる

   ** ぼくは考える木 自閉症の少年詩人と探る脳のふしぎな世界 ポーシャ・アイバーセン(アメリカ) **

自閉症スペクトラムのことを知る上で欠かせないのは、言葉の出ない重度の自閉症の人のことです。自閉症とは本来そのような人たちのことを指すのであり、その基本的な理解なしに、自閉症スペクトラムを語ることはできないように思えます。

でも、この人たちは自分の言葉で語ることはないので、どんな世界を持っているのかはわからない。。。。はずでした。

ぼくは考える木―自閉症の少年詩人と探る脳のふしぎな世界

ぼくは考える木―自閉症の少年詩人と探る脳のふしぎな世界

著者ポーシャ・アイバーセンは、自閉症と診断された自分の子どもを救うために夫とともに団体を立ち上げ当事者の親としての活動をしていて、インドに住むティト・ムコパディヤイ(Tito Rajarshi Mukhopadhyay)という少年のことを知ります。
ティトは、重い自閉症を持ちながら、文字盤を使って美しい詩や格調高い文章をつづることができるというのです。
ポーシャはティトと母親ソマをアメリカに招き、研究者たちに会わせます。また、ソマがティトに文字を書くことを教えた方法をわが子ダブに試します。

さまざまな試行錯誤の末、ソマがティトを教えたメソッドはダブや他の自閉症の子どもたちにも有効なことがわかり、ポーシャはその一般化に向けて動き出す。。。

というようなあらすじですが。。。

この本はノンフィクションとして書かれており、支援団体も実在します。でも、これは本当の話なのだろうか。よくできた作り話なのでは?という半信半疑な気持ちで読みました。日本にもティトと良く似た感じの当事者がいて、コンピュータのタイピングを使って詩集を出したり講演をしたりしているのは知っています。しかしそれはどんな自閉症の人にでも適用できるものではなく、たまたまその人だけが特別なのであると、少なくともこれまでの私は考えていました。

しかしこの本を読んでいくうちに、この話を信じられないというのは、ひっくり返せば言葉を話さないということに対する私たちの偏見を示しているのではないかとの思いもわき起こってきました。話さないということは考えられないのだと単純に考えすぎたのではないか。言葉を話さない人は言葉で考えることはできないのだ、応答がない人は何も理解していないのだとなんとなく考えがちだけれど、そもそもその素朴な前提には何の根拠もないのではないか。

そうだとすれば、医学も、知能テストも、同じ偏見の世界の中にあったといえるのかも知れないです。

この本によると、このメソッドの一般化が大学で始まっているとのことです。メソッドは特に全く言葉を話さない非言語型の自閉症に適用されます。非言語型の自閉症の人は聴覚に極端に偏った情報処理をしているので、理解はしてもそれを自発的に外に伝えることができないのだといいます。自閉症のなかの一部のある条件に当てはまる場合だけだとしても、ある一定数の<言葉のない>自閉症の子どもたちが書き言葉を駆使して高度な学習内容をこなしていける方法が確立されることになれば、自閉症の定義も、知能検査の仕方も、変える必要に迫られるのではないかと私には思えます。

ごく数人の実例があったとしても、その状態から療育方法として確立されたり、学術的に説明がついたりするまでの道のりはそう簡単なことではないのではないかと思います。
Amazonなどで調べた限りでは、ティトもソマも著書を出し反響もあるようです。
落ち着くまではさまざまな論争が繰り広げられることでしょう。なりゆきを見守ることとします。

 
この本がインスピレーションを与えてくれたことは確かです。

私たちには、さまざまな思考の枠組みがあって日常生活を助けており、それを打ち破る事実に強く抵抗します。真実を探るためには、思考を縛っている枠組みを意識的にバラバラにしてみる必要があるのだと思います。

話さない人、返事が返ってこない人はほんとうに言葉を理解していないのか疑ってみる視点は、今まで見えていなかった事実を見つけるきっかけになる可能性があります。表現できることと内面のギャップが大きい人が実はもっとたくさんいるのかもしれないです。日常の中で、言葉がある自閉症スペクトラムのことも、アスペルガー症候群のことも、もしかしたらもっと別な人のことも、違った目で見えてくるように思うのです。

自閉症児にとって最大のご褒美は、なにかを成し遂げること、知性があると認められることだとソマは断言する。(p.450)

目の前にいる人の隠れた知性は、こちらが見ようとしない限り、見えてこないのかもしれないと思うのです。


 



( 『ぼくは考える木』ポーシャ・アイバーセン/著 小川敏子/訳 2009年1月 早川書房 STRANGE SON Two Mothers, Two Sons, and the Quest to Unlock the Hidden World of Autism by Portia Iversen


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