精神科の診断基準DSMの基礎知識

   ** こころのりんしょうà・la・carte Vol.28 No.4 精神科診断の新しい流れ:病名だけが診断ではない? ** 


発達障害に接することになるきっかけはいろいろあると思いますが、関わる以上この用語は避けて通れないと思います。アメリカ精神医学会が刊行している、精神科診断マニュアルDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (精神疾患の分類と診断の手引き)のことです。

入門書の解説にあるDSMの診断基準を前にして、うちの子はここがあてはまるがここは違うのではないかと悶々としたり、はたまた、大先生のエッセイにDSM診断が普及したのがいけないなどと書いてあると、じゃあ何を信じたらいいのと不安になったり、素人からみるとわかりやすいようでわかりにくいものです。

DSMは改訂が重ねられており、もうすぐ新しいもの(第5版)が刊行される予定になっているというのも話題です。ドラフト版はすでに発表されていて公開討議中ですから、あそこがこうなるらしいという情報は出回っていますね。

今回の記事では、まず、DSMとは何もので、素人としてはどういうものとして理解すればいいのかということについて考えてみたいと思います。

このムックのシリーズは、ある程度専門性を持った人たちに向けて書かれていますが、入門者にもわかりやすい工夫がなされています。前半のQ&Aと対談を中心に読んで、私なりにまとめてみたいと思います。

1.精神科の診断名とは
まず、診断名とはなにかということなのですが、これには注意が必要です。

しろうと的には何も考えずに「胃潰瘍です」「脳卒中です」と同じ感覚で「うつ病です」「広汎性発達障害です」という<診断>を受け止めてしまうのですが、精神科診断は内科や外科の診断とは違うということです。

精神科領域の診断はおもに問診によって行われます。
患者さんの話を聞きながら、医師が「これは○○病っぽいな」という直感で行うものです。精神科の医学生は教授や先輩医師の診察に陪席し、診断方法を盗む(561ページ)ということが従来行われてきたといいます。

医師の間にある「こういうのが○○病だ!」というイメージが共有されていると、それが病名として流通するということになります。長い歴史のなかで、特にヨーロッパで使われていた病名を基準に作られたのが、今の診断名ということになります。

2.診断基準とは
共有されたイメージどおりの患者さんは、どの医師が診ても同じ診断名がつきます。
しかし、患者さんはひとりひとり違っていて、判断に迷うケースがあるわけです。この本の解説者は富士山のたとえを使っています。

富士山の6合目あたりを指して、「ここは富士山か?」と聞いてみましょう。「そうだ」と答える人の率は80%くらいに落ちるかもしれません。次に、富士山の3合目を指差して、「ここは富士山か?」と聞いてみましょう。「そうだ」と答える人の率はさらに落ちるでしょう。これが診断不一致の原因なのです。そうであれば、「3合目までを富士山とする」と約束すれば、意見は一致するはずです。(北村俊則 570ページ)

DSMが、「操作的」診断基準といわれるのはそのように、取り決めとして決めたものだからです。できるだけ、どの医師が診ても同じ診断名が出るように、約束ごとをしておくためのもの、これが、診断基準だと理解できます。

3.DSMに実証的根拠(エビデンス)はあるか
この答えはNoのようです。「いまでは、DSMは実証的根拠(エビデンス)に基づいて作成されていると信じている人が多くいるようです」(578ページ)とあります。それまで医師の間でよく用いられていた診断名を取りこぼしなく入るように盛りつけ、改訂を重ねたものが今使われているわけです。

診断に役立つバイオロジカル・マーカー(血液検査、脳画像など)の発展が今後期待されるわけですが、それでも問診の重要性はかわらないと解説されています。内科的診断においても、腫瘍マーカーなどは診断の補助に使われますが、問診を主に総合的に判断されることが引き合いにだされています。(579ページ)

4.DSMのどれにもあてはまらない病気というのはあるか
「どんな定義によっても”精神疾患”の概念に正確な境界線を引くことはできない」と、DSM−4ーTRの序に書いてあるのだそうです。健康か病気か、正常か異常か、どの概念に近いのか、難しいものがたくさんあるといいます。DSMに載っている病名でも、これとこれは本当に別のものかとか、これはこっちに分類した方がいいのかとか、載っていないけど新しくこういう分類を作った方がいいのではとか、そういう議論が続けられているのが、精神科の病名なのです。

それでもどれかの診断名をつけるのは、ひとつには非常に事務的な理由によるもののようです。DSMと並んで診断基準として使われるICD(International Classification of Diseases国際疾病分類)に従って、疾患の統計が取られており、公的診断書、意見書にはICD−10Fコードを使うと決められているのだそうです。健康保険、自立支援等の申請のためには、診断名がつかなければならないわけです。

だから、実際の診療の場面では、医師が判断に迷って、とりあえずつけた診断名というのもあるかもしれないし、その診断名がついている人の状態が典型的なその病気の像を示しているとも限らないし、別の医師は全く違う診断名をつけることがあるし、だからといってどちらが誤診ともつかないときもあるし、と、まあ、そういうものが、精神科の診断名ということになります。


各種の入門書や解説書にある、「あまり診断名にとらわれないで」という専門家の語りかけは、このような背景を知れば多少なりとも理解しやすくなります。その人その人の心理状態というのはさまざまで、名前をつけるのは、関係者の間である程度共通の認識を持てるようにするための便宜的なものです。精神科診断というのは、その人なりをいろんな角度から診て総合的に行われ、その人なりの状態に沿って治療方針が立てられています。

私は○○障害です、と告白し、自分はこうだけど健常者はこうだと比較して論ずるブログや、診断基準に載っている自閉症の「三つ組」をあたかも生まれ持った特性のごとく論じるブログに出会います。わたしもしろうととして、そのような心理はとても良く理解できますが、まず基礎知識として、診断基準というものがどういうものかを知ると、少しズレがあるのに気がつきます。

○○障害と診断された人の健常者(多数者)との違いは、すべて○○障害によるものかどうかはわからないということです。また、診断基準はあくまでも診断のための判断基準ですから、それが生まれ持ったものに由来しているかどうかは研究を待たなければなりません。


精神科の診断基準について書きたいというのは長い間の懸案でしたが、どうにか記事にすることができました。今回はムックの内容を参考に私なりにかなりまとめなおしたものになりました。患者や一般の人向けにこれらのことを解説したものはなかなかありませんので、この記事が少しでも世の中の役に立てれば幸いです。









(『こころのりんしょうà・la・carte 第28巻 第4号(No.120) 』 2009年12月 星和書店


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