表情を読む力には個人差があり、変化している

    ** 読顔力 コミュニケーション・プロファイルの作り方  佐藤親次/蓑下成子 ** 


世の中には面白い研究をしている人がいるものです。この本の著者は筑波大学の先生で、精神科医であり、表情の専門家であるという方です。刑事犯罪者の精神鑑定を多数手がけておられるのですが、そのときに、人が表情を読み取る力の個人差を利用した診断システムを利用しておられ、それに、日本の伝統芸能である能のお面の画像を使っておられるというのです。

発達障害の世界では、自閉症スペクトラムがあると、人の表情が読み取りにくく、全く読めなかったり、読み間違いをするということがよく言われています。テキストなどにそう書かれてしまうと、素人としては、人の表情が読めない人には自閉症スペクトラムがあるのだろうか、とか、健常な人は誰でも一様に表情がよく読めるのだろうかとか、表情の読めなさは一生変化しないものなのだろうかとか、そういうことを考えてしまうのですが、

この本を読む限り、表情を読む力は性格によって特徴的なタイプ分けが可能で、また、その時々の状態でかなり変わってくるということがわかります。

また、表情を読むためのスキルもあり、それを勉強し活用することで、表情を読む力をあげることもできるようです。


読顔力 コミュニケーション・プロファイルの作り方 (小学館101新書)

読顔力 コミュニケーション・プロファイルの作り方 (小学館101新書)



まず衝撃的に感じたのは、うつ病統合失調症、被虐待児などの表情認知力に特徴があると書かれていたことでした。

表情認知の第一人者といわれるアメリカのポール・エクマンという心理学者の分類によると、表情で表される基本感情は、「悲しみ」「怒り」「驚き」「悲しみ」「嫌悪」「軽蔑」「幸せ」の7つで、三歳ぐらいからこれに「羞恥」「楽しみ」「困惑」「不満」が加わり11種類となり、それらから派生した1万種類以上の表情が分類可能とのことですが、、、

うつ病では、「怒り」「悲しみ」「恐れ」「嫌悪」などのネガティブな感情は理解できるのに、「幸せ」「喜び」といったポジティブな感情を表した表情を読み取ることができないといいます。

統合失調症では、ネガティブ系は読み取れず、ポジティブな感情が理解できるという傾向があるそうです。相手の「いやだ」というシグナルを受け取れず行動して傷つくのだといいます。

また、身体的、精神的にに虐待された子どもは怒りの表情を正確に判別でき、ネグレクトを受けたこどもでは、表情認知力の著しい低下が見られるといいます。テストにつかわれたイラストの「怖い」という表情を見るだけで強いショックを受け対応ができなくなった例もあるそうです。写真など情報量の多い表情は読み取れずイラストなど強調された単純な情報なら読み取れるという傾向もあり、被虐待児が表情の奥の違和感を読み取れずに言葉で騙されることが多いことが説明できるとしています。


さらに、表情認知は、親から子へ受け継がれていくということでした。

うつ病のお母さんに育てられると、ポジティブな感情認知が育ちにくいといいます。また、虐待を受けるなどで「アタッチメント障害」を抱えた場合は、暴力を親からの愛情表現だと思い込んだり、暴力的な愛情表現しかできなかったりして、相手の表情を読み違えることが往々にしてあるのだということでした。

 
さて、この本の巻末には、能面の読み取りを使った、簡単な性格テストがついています。

このテストの結果解説を読むと、表情の読み取りには、ベースとなる表情を読む力に加えて、今の気分が反映されていると考えられていることがわかります。

人は自分が作れる表情しか読み取ることができません。(76ページ)

自分がハッピーな状態だと、「悲しみ」の表情も嬉しそうに見えてしまうというようなことがあるというのです。心理学的に言えば、投影という現象に当たります。幸福の瞬間、世界がばら色でなんでも楽しそうに見えるというような現象があるのは経験的にわかりますが、その程度の軽いものが日常的にあるということです。


読み取れない、ヘンな表情に出会ったときが、ポイントだといいます。犯罪の被害者にならないことや身の回りの犯罪を防ぐこと、子どもの不登校や引きこもりにつながるサインを逃さないことに役立ち、人間関係の大きな破綻を防ぎ円滑にすすめることができるといいます。

現代社会に住む私たちは、もっと表情を読む力を活用した方がよいし、また、より活用することができるというのが、この本の主張ですが、おそらく、そうやって読み取れない表情を読もうとすることによって、相手の気持ちを読む力を育てていくことが可能なのではないかと私は思いました。


対人関係で困ったことがあったら、その人の「表情をまねてみる」といいのだそうです。

なぜあの人はそういうことをするのだろう、と、相手のことを困った人だなと感じたとき、たいてい、表情がずれているような感じがするのだそうです。大事な話をしているのにバカにしたような表情をしているように見えるとか、緊急事態でもないのに切迫した表情をしているとか。相手の表情をよく観察して、それをまねてみると、自分の中にその感情をある程度再現できます。これは、発達障害の世界ではおなじみのミラーニューロンの働きによるものですが、この本では12歳ぐらいまで発達するということと、アタッチメント障害やうつ病では低下するということが書かれています。

ここでは、意識的にまねてみるというのがポイントのようです。それによって、いままで、困った人わからない人と思っていた人の気持ちが少しわかるということです。

また、「投影」を活用するということが書いてあるのですが、少し高度なテクニックのように私には思われました。自分の気持ちを理解して欲しいと思うときに、相手が示した表情の中で自分の気持ちに近い表情を意識的にまねてみるというのです。そうすると、相手は自分が示した表情を相手自身の気持ちに投影し、共感してくれます。難しそうですが、案外自然にやっているものなのかもしれません。

右の口角から先に上がると嘘の作り笑いだとか、左の方に目が動くときは過去のこと、右のときは新しいことを考えているとか、ある種の法則のようなものも紹介されています。継続的に人を観察し、こんな表情の人はこんな人が多いという自分なりのプロファイリングをすることで対人能力があがるということも書かれています。これを続けているうちに、だんだん人に会うのが苦にならないようになるのかもしれません。


この本には発達障害のことは一言も出てきません。意識的に避けておられるのかはよくわかりません。ミラーニューロンの解説の中で、発達障害の世界ではおなじみの、こころの理論(TOM)について、気分障害うつ病)が治りかけている患者さんでこの機能が落ちていることが述べられています。Aさんが、Bさんに気づかれないように筒の中身を取り出して、Bさんに見せたら、Bさんは筒の中身があると思ってしまう、というような課題が、うつの患者さんに解けないというのです。

このことはどういうことを指しているのでしょうか。

こころの理論にしても、ミラーニューロンにしても、発達障害と深い関わりがあるとされているのだけれど、そのほかに、人がうつ病になったり、虐待によってアタッチメント障害になったりすることとも関係があるということなのでしょうか。

となると、今目の前にいる、人の気持ちが理解しにくい人、相手の表情が読めない人というのは、発達障害かもしれないけれど、もしかしたらうつ病やアタッチメント障害かもしれないです。また、PTSDを受けている人やパーソナリティ障害の人の中には、持っている感情に偏りがあり、こちらの表情をうまく投影しない場合もあるということですから、その時々で、いろんなタイプの分かりにくい人というのが存在することになります。


また、自閉症スペクトラムなどを生来的に持っている場合でも、育ちに起因する感情の障害で表情が読み取りにくくなっているというケースもあると考えられないでしょうか。ミラーニューロンはどの程度開発できるのかは未知数のところもありますが、人の表情を観察してまねてみることが可能ならば、意識的に自分の感情を育てていくこともできるかもしれません。その中で、決定的に人と違う視覚認知を持っていることが明らかになってくることもあるかもしれませんが、そうやって自分の特性を確認することでまた前に進めるともいえると思います。


それにしても、能面は不思議です。芝居にはよくお面が使われ、役者の細かい表情がなくても文脈だけで話がすすんでいきます。私たちは文脈から感じ取った感情をお面に投影しながら芝居を鑑賞しているわけです。表情を読むというのは、ただ一つの正解を一方的に読み取る行為ではなく、文脈を共有し、自分の気持ちと相手の気持ちを重ね合わせる行為なのです。おそらく人間だけにある、表情でのコミュニケーション。その奥の深さ、面白さに気づかされる一冊でした。



(『読顔力 コミュニケーション・プロファイルの作り方』 佐藤親次/蓑下成子  2009年12月 小学館  )




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