発達凸凹とトラウマ

   ** 発達障害のいま 杉山登志郎 **


母子アスペ、不登校とひきこもり、選択性かん黙、やせ症、強迫性障害うつ病双極性障害気分障害統合失調症、多重人格、大人の発達障害、クレーマー、それに2E教育。。。。このブログでも取り上げたいと考えていた多くの問題と発達障害との関係が、この本一冊の中で論じられています。


キーワードは、発達凸凹(でこぼこ)とトラウマ


著者の杉山登志郎氏は、特に子ども虐待臨床の専門家として知られる医師で、発達障害の世界ではおなじみの、『タイムスリップ現象』や、『虐待という第四の発達障害』の名づけ親、提唱者としても知られています。ここ数年は『発達凸凹』というネーミングを広めようとされているようです。


発達障害のいま (講談社現代新書)

発達障害のいま (講談社現代新書)


発達凸凹とは、認知の高い峰と低い谷のことを指しています。乳児期、幼児期では、発達障害と発達凸凹はほぼ同じものを指すと考えていいでしょう。いや、かれらはまだ発達障害ではなく、発達凸凹であるといえます。

でも、年齢を重ねるにつれ、環境とのかかわりのなかで、適応障害を起こしてきたとき、発達凸凹は発達障害になります。

  発達凸凹 + 適応障害 = 発達障害

適応障害を起こしていない発達凸凹は、マイナスとは限らず、特異な才能を伸ばせば、社会に大きく貢献する人材になります。適応障害を起こしてくるおおきな憎悪因子がトラウマだ、というのが、著者の考えです。



トラウマは、心的外傷とも言われます。嫌な体験の記憶は、普通は時間とともに薄れていくのですが、時間が過ぎても自動的に記憶が想起され、日常生活にマイナスの影響が出ている状態をPTSD心的外傷後ストレス障害)と呼びます。これを心の骨折にたとえると、虐待は心の複雑骨折にたとえられるのだそうです。


著者は被虐待児に高機能の発達障害が多いこと、そして、虐待をした親の方にも虐待された経験があったり発達障害の要素を持つケースがとても多いことを見つけ、被虐待者と自閉症スペクトラムが、対人距離が遠い似たもの同士として惹かれあう傾向があるのではないかと分析しています。

発達障害の当事者を持つ家族の中には、思い当たるものがある人がいるかもしれません。



人間は乳幼児期に、養育者にくっつき安心する『愛着=アタッチメント』という官能的な経験をすることで、自分というものの基礎をつくるのですが、これが虐待に逢うとずたずたになってしまいます。発達凸凹があると愛着の形成が遅れ(子どもがなつかない)、養育者が欲求不満を起こして虐待してしまうという場合もあります。

暴力的な支配関係の中で育つ場合、びくびくしたり痛かったりする体験が対人関係の基盤になってしまうことがあります。『虐待的絆(きずな)』。自分の家族を忌み嫌っていたはずなのに、似たような結婚相手を選び、そっくりの家族関係を繰り返してしまうのは、虐待的絆こそがその人の生きる基盤になっているからで、自分だけの力ではなかなかそこから抜け出せません。

嫌な体験から逃げるために起こる『解離』という反応は多重人格を生み出し、さまざまなフラッシュバックと組み合わさり解離性幻覚(お化けが見える)が起こることも多いといいます。虐待によって脳の成長は妨げられ、一般的な発達障害よりも大きな脳の萎縮などの変化が起こり(第四の発達障害)、うまく働かなくなってしまいます。もともと発達凸凹で親になつかない、虐待される、脳が成長しない、ニワトリと卵のような状態。。。。。


杉山医師らは入院治療のできる病棟や病児が通える学校などを備えた施設で虐待ケースの治療に携わり、親子を並行して治療し成果をあげているといいます。トラウマは正しい治療を受ければ克服でき、虐待的きずなから愛着にもとづいた絆を学びなおすことが可能だということを、たくさんの治療例が示しています。


発達凸凹を持つ子どもの場合、特に暴力的な支配関係の家族に育てられなくても、つまり、ごく普通の家庭で育っていても、その知覚過敏性から、周りの世界はとても怖い世界で、不意打ちや秩序の混乱がしょっちゅう起こり、トラウマという視点から見れば、被虐待児に似た状況だということに著者は気づきました。被虐待児に行ったのと同じトラウマ処理の治療を行うと、フラッシュバックがなくなり、適応状況がよくなる例がたくさん出てきたのだそうです。


うーん、ここにはうなりました。虐待されてなくても、虐待されているのと同じ種類のしんどさがある ということです。


不登校、ひきこもり、やせ症、かん黙、強迫性障害などの子どもの中に高率で認められる発達障害の例がとりあげられていますが、そのなかで気づくのは親の自閉症スペクトラム(発達凸凹)とうつの多さだといいます。「うつ病って発達障害だったんだー」と早とちりしないように。うつは心の電池切れ、誰にでも起こります。ただし、発達凸凹を持つ人のうつには、被虐待体験や怖い体験をトラウマとして抱えた結果の脳の変性が考えられると分析されています。


大人の発達障害うつを治し、予防するキーワードこそが、トラウマということです。



大人の発達障害については、『代償』というキーワードを考えなければならないと言っています。
凸凹がある場合、健常と呼ばれる人とは異なる戦略で、脳の中にバイパスを作り適応を計るということが自然になされているといいます。このときにしばしば誤学習が入り込むので、きちんと特性に合った教育が必要というわけです。
スケジュール管理、整理整頓、過敏性などについて、代償というキーワードを使って説明されるとなるほどと思うことが多かったのですがここでは割愛しますから本文を読んでみてください。
読んですっきりしたのはクレーマーについての説明です。クレーマーには発達障害系と被虐待系があり、重なると最強なのだそうです。やはり被害的な体験と誤学習がからんでいます。枠をしっかり示せば改善すると筆者は言い切ります。


統合失調症についても述べられていますが、発達凹凸や子ども虐待が混入している可能性が多く、これを診断基準を表面的になぞるだでは見分けるのが難しく、精神科医療全体の問題であるという話でした。まだまだ前途多難のようです。それでも、トラウマをキーワードにすれば、読みやすくなることは確かのようです。



発達凸凹を抱えて生まれてきたということが、そのままストレートに発達障害という現象に結びつくのではなく、生育の中で受けた心の傷が脳の生育を妨げ、発達障害やうつに発展するという説明は、とても説得力がありました。発達凸凹じたいは悪いことではなく、むしろ長所として活かすこともできるのだということ。そのためには、養育者(ほとんどの場合は親)との愛着的な絆をつくり、トラウマを防ぎ、かつ修復していくこと、代償のための誤学習を防ぎ才能を伸ばすための特性に合った教育をすることが必要だということ。


生まれ持った脳機能の問題と育ちの問題を切り分ける視点の切れ味はとてもシャープでわかりやすく、胸のすく思いです。これを受けた、医学界全体の今後の議論の発展に期待したいです。


脳科学による発達障害の研究や、視覚優位聴覚優位の個人差、DSMの歴史とDSM-V、オキシトシン、エピジェネティックスなどの最新の話題にも触れ、盛りだくさんの内容です。読み応えがありました。

ひとつひとつの話題については、また、別の機会にゆっくりとりあげたいと思います。




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