共感する脳とシステム化する脳

サイモン・バロン=コーエン先生は、イギリスのケンブリッジ大学の心理学・精神医学の教授で、自閉症研究センターの所長、という肩書きの方です。


2002年に日本で出版された『自閉症とマインド・ブラインドネス』(原著は1995年)という本で、知っている方もおられると思うし、発達障害関係の本ではよく引用されている名前です。


自閉症の人は、他の人の心の状態を読み取る能力に障害がある、という考え方を世に広めた先生です。


それを、発展したものが、この本だということですが。。。


共感する女脳、システム化する男脳

共感する女脳、システム化する男脳


ちょっとびっくりしました。このままテレビのバラエティ番組に出てきそうなタイトル。男と女はかくにも違っている。話題としては面白いけれど、バロン=コーエン先生って、そんな一般受けを狙った本を書く人なの???


内容は、一般読者を想定しているものの、緻密な裏づけを使って、ある考え方を提唱するものでした。


その考えとは。。。。


人は、自分の外の出来事(世界)を、システム化して理解し、支配したいという方向で、外界にかかわる傾向と、周囲の人間の考えを理解し、共感したいという方向で、外界にかかわる傾向の2つがあり、人によって、片方の傾向が高ければもう片方は低く、どちらの傾向が強いかというタイプがある。


男性は、システム化が優位な人が多く、女性には共感が優位な人が多く、統計的にはっきりとした差がでる。これは、ホルモンなどの影響があるのではないか。


もちろん個人差はかなりあり、全ての女性より全ての男性がシステム化優位とか、そういう話ではない。女性と男性の統計を取ったとき、山のてっぺんが少しずれるという程度ではある。


個人差のなかで、極端なシステム化の脳は、自閉症に相当するのではないか。
極端な共感の脳は、存在するけど、社会の中で目立たないのではないか。



要約すると、こんな感じです。


自閉症の人は、何かをシステム化したいという欲求にしたがって、膨大な収集を行ったり、皿をぐるぐる回したり、難解な数式に挑戦したりしている。それは、世の男性方が、自動車や武器に夢中になったり、政治や経済のシステムを作ったりしていることの延長線上にあるということ。そして、その逆の傾向を持つ人たちが、より人の気持ちを理解して共感したいという欲求を持ち、他愛ないおしゃべりを楽しんだり、弱い立場の人を助ける仕事をしたりしている。。。。


イメージは、こんな感じです。どうでしょう、つかめてきましたでしょうか?



自閉症を、社会に普通に存在する人々の延長線上に位置させ、従来の否定的な見方を変える理論モデルとして、捉えているところに、新しさがあります。


自閉症の一部の人に見られる、実行機能不全や、中枢性統合不全は、自閉症かどうかを決めるものではなく、それらは、別の方向としてこれから研究する問題だという考えです。


この本は、ひとつのモデルを提案することを目的として書かれていて、これで自閉症が全部説明できると言っているのではありません。説明し切れていないことが山ほどあり、これからひとつひとつ検証されていくのだと思います。



私自身は、この本を読んでいて、『共感』ということについて、いろいろ考えました。


自閉症という状態が、共感性が少ないという状態だということに異論はありません。


でも、共感性が少ないという状態は、自閉症以外でも簡単に起こります。


自分のことで精一杯の状態にあるときは、誰でも一時的に共感性が弱い状態になります。気持ちが沈んでいるときや自暴自棄になっているとき、自分が大事にされていないと感じているとき、それらが長い期間続いているとき、慢性的に共感性は弱くなっているのではないでしょうか。


そして、共感性は、成長にそって大きくパフォーマンスを上げていきます。とくに、感情を伴った体験、人との関わりを通じて、人間の共感の力は伸びていくと考えられていて、一般的には、共感性が低い人は、世間知らずな人、苦労せずに育った人、甘やかされた人、というような評価を下されがちです。


しかし、そのような人が、人生経験を積むうちに、ぐっと成長し、他人の気持ちがわかる人間に変身することがあるのも、実際にあることとして、経験されているのではないでしょうか。


システム化能力と、共感能力がどちらも高く、聖人のようなタイプの人も一部存在するような気もします。私たちが待ち望んでいる政治のリーダーは、そういう人物なのではないでしょうか。(これは、ないものねだりなのでしょうか????)



この本の話に戻ります。

バロン=コーエン先生が提案されたモデルは、単純に、人間のもともとの傾向を分類してみたもので、ここでいう共感性というのは、私が考えたパフォーマンスとしての共感性よりもっと原初的な、脳の傾向というものを言っていると考えたらいいと思います。


でも、もし、自閉症の共感性の少なさが、システム化傾向の脳の延長線上にあるとすれば、普通の男性が(もちろん女性も)、成長につれて、共感性を伸ばしていけるように、自閉症の人も、より共感的に生きられるようになるような教育の仕方がある、そう考えられないだろうか、というようなことを、考えました。



最後に。


男女の生物学的な違いについて学術的に述べることは、政治的に利用されたりした歴史の経緯があり、とてもデリケートな問題を含んでいるようで、バロン=コーエン先生もとても丁寧にそこを扱おうとしておられることを感じました。


原題は、The Essential Differenceとつけられていて、本文の中でも、男は○○、女は△△というようなステレオタイプな考え方を普及させる目的ではないということを強調されています。


日本語版の題がこんな風になったのは、インパクトを強くして売り上げを伸ばす目的なのかなぁ、なんて、考えてしまいました。タイトルの印象より、もっと緻密な理論と、深いメッセージを受け取る内容だったことをお伝えします。


付録に「目から心的状態を読み取るテスト」「共感指数」「システム化指数」「自閉症スペクトラム指数」の4つのテストがついています。あまり深刻に取らない程度に、試してみるのも面白いです。