<番外編>脳機能障害の3つのレベル−私なりの考察−

前回に続いて、これも私なりの考察です。

前回は、脳の機能障害は一生変わらないということを前提に論をすすめましたが、この部分を注目してみたいと思います。

発達障害に関して、脳の機能障害であるという言い方がよく使われますが、いろいろな本や雑誌を見ている限り、この「脳の機能障害」の語られ方についてはいくつか種類があるように思います。

・聴覚や視覚の入力が脳で情報処理されるとき、また、脳の中の情報が言葉や声に変換されるときの、なんらかの機能の障害
ミラーニューロンといわれる脳機能の障害
・実行機能といわれる、行動の順序をきめたり制御したりする機能の障害
・感覚統合の障害。五感やバランス力などが脳で協調して働くことの障害
などなど。

ディスレクシアなどは、情報処理の問題として理解しやすく、ADHDは実行機能の障害が前面に出たものとして理解しやすいように思います。

自閉症スペクトラムについては、書き手によってさまざまに書かれていることが多いですが、乳児期からコミュニケーションの難しさがあることを考えれば、情報処理の部分でなんらかの強い個性を持っていると考えられ、当事者の行動や訴えからは実行機能の障害が推察されていることが多いです。

感覚からの情報処理と、実行機能の二点について、生まれつきで一生変わらないかどうかについて考えてみます。

聴覚処理、視覚処理の強い弱いはある程度誰にでもあることで、少し意識していれば気がつくように思います。運動の素質や手足の長さなどのような、ちょっとした個性のひとつなのだと思いますが、程度によって障害となりうるということだと考えたらいいのだと思います。目や鼻の形などと同じように遺伝的なものが関わっていて、ある程度一生変わりにくいものと了解可能です。

実行機能障害の障害は、ワーキングメモリや行動制御、意欲の制御など様々の障害を総合したもので、社会的責任を果たす上で大きな障害となります。広汎性発達障害アスペルガー症候群と診断された人の手記にも記述が多く、これを生まれつきの特性のように語ったものも多いですが、
この手の脳機能障害が、生まれつきで一生変わらないものであるかというと、かなり怪しい、と、私は思っています。
 
これにそっくりの状態は、老年期になったらたいていの人が経験するものです。更年期の女性にも起きやすい症状です。熱があるときや極度の疲労状態、アルコールや他の薬物によっても似たような状態になります。また、ADHDは、お薬を飲むと、薬が効いている間は症状が改善することもわかっているわけですよね。

実行機能というものはもともと、なんらかの原因でかなり<ソフト的に>良くなったり悪くなったりしやすいものなんだろうと思うのです。
 
二次障害とされているうつ状態、合併が多いとされている免疫異常、自律神経系の乱れ、これらの影響で、実行機能がうまく働かなくなっている可能性があり、これらは治療やさまざまな工夫により改善の余地があると考えていいのではないでしょうか。

こう書くと、発達障害と診断される実行機能障害は<ソフト的>なものより強く、持続的だという反論があるでしょう。それについてはどう説明できるでしょうか。

ADHD集中できない脳を持つ人の本当の困難』(トーマス・E・ブラウン)(→記事)では、実行機能の障害が脳の神経伝達の不具合であり、遺伝の影響も大きいと論じた上で、そのような脳の機能は生まれたときには十分に発達しておらず、必要な神経ネットワークの形成に人と人とのアタッチメント(愛着)が極めて重要であると述べています。大事な時期は乳児期と、そして、10代から青年期で、「ヒトの実行機能は青年期まで発達途上であるという十分なエビデンスが蓄積されつつある」と書かれています。(pp46-48)。

これを読むと確かに、ある程度、より持続的な<ハード的>な実行機能障害というのが考えられそうですが、しかしこれも、生まれつきで一生変わらないというよりも、育ちの影響が十分考えられそうです。乳児期の養育者との人間関係が大事という点では前回の考察で取り上げた精神分析の見方と一致していて大変興味深いです。青年期まで発達するということは、教育環境や食べ物などを含めた多様な経験や環境との関わりも無視できないように思います。

実行機能に関しては、脳の<発育>の問題として環境や経験に影響された長期的なものと、短期的に起こってきた機能低下の二つが複合的に関わっていると考えられるのではないでしょうか。


このほかのものも含めて、発達障害に見られるとされる脳機能障害が生まれつき一生変わらないかということには、いくつかのレベルがあり、複合的なものだと私は考えます。少なくとも大雑把に三種類は考えられませんか。
1.遺伝的なもの。生まれつきで一生変わりにくい脳の個性
2.養育者や周囲の人々との関わり、環境などに起因する、脳の発育の条件によって形成されたもの
3.免疫異常や自律神経の乱れなどに起因する、一時的な機能低下

脳は一生変わらないとされたのは古い常識で、1990年代に入る頃から脳の可塑性が盛んに研究されているということも、このブログで取り上げました。(→記事自閉症スペクトラムという概念が提唱された1980年代ごろにはまだ、人間は完成された脳を持って生まれてきて、特性は一生変わらないという考えが支配的だったかもしれませんが、その後研究が進んで、脳は生まれた後も発達し続けるし、さまざまな経験の影響を受け続けることがどんどんわかってきているわけです。

脳の機能不全だから何も打つ手がない、という考えは今や全くの誤りであると思います。
脳の機能を良くするために人との関わりを取り戻し、自信を培うことが大事なのです。
こころの発達、成長を取り戻すことで、脳の発達も促進していくという考え方をしていけば、精神分析派の考えと脳科学派の目指す点はかなり一致してくるんじゃないかと思います。


以上、今の時点での私のささやかな考察でした。これからも精進していきたいと思いますので、コメントがありましたらどうぞお願いします。

 
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