療育の進歩が自閉症への認識を変えていく

 ** 自閉症スペクトラム障害−療育と対応を考える  平岩幹男 **


岩波新書です。自閉症スペクトラムについて初めて学ぶ親御さん向けの内容ですが、社会への一般的な理解を広める意図も感じられます。

既にASDのことを学んだ、初歩的なことはわかっている、と、思っていても、専門家による新しい解説を読むことで、より理解を深めることができるのではないかと、そういう気持ちで読み始めたのですが、実際はそれ以上の認識の変化がありました。

自閉症スペクトラム障害――療育と対応を考える (岩波新書)

自閉症スペクトラム障害――療育と対応を考える (岩波新書)

この本では、かなりのページ数を割いて、カナー型の自閉症の幼児の療育について述べてあります。後半からは、高機能自閉症の子どもや大人への社会生活訓練(SST)について詳しく解説してあります。外来診療や家庭でできるものを中心に述べてあります。

数年前までは、自閉症の療育といえば、構造化など、TEACCHの手法が説明してあるのが多かったように思います。この本は、かなりのウエイトで、ABA(応用行動分析)です。

療育、SSTのどちらについても、心構え、大事なポイントなどがきっちり押さえてあると感じます。家庭での療育しかできない状況でも、読んで実際に役立つ内容だと思います。印象に残ったものを少し羅列してみます。

・勝ち負けにこだわるときは、じゃんけんをして、負けたらすぐ「まあいいか」と言う練習をする(p.140)
・話し始めたら一方的に話すことが多いので、交互に話す練習をする(p.144)

スモールステップで、という説明でも、質問の答えさせ方、落ち着いて座る、などの例を使ってかなり具体的に書いてあります。こうやればいい、こういうやり方はいけない、という基準がわかります。混乱して暴れたときのタイムアウトのやりかたや、いいところがないと思える子どもでも少しずつほめていく目的など、読んで納得できる根拠が示されてしっかり理解できると感じます。

また、自閉症の特徴とされる常動行動やクレーン現象が定型発達の子どもにも見られることがある、とか、二語文といっても、助詞がちゃんと使えているかを見るとか、ASDの三分の一ぐらいの人は目をあわすのが苦手ではないとか、一般的な説明の例外についても述べられています。個別のケースは教科書どおりでないことも多いので、親の立場からはとてもありがたい説明ではないでしょうか。

いろいろな療育方法についての解説もあり、セラピストの選び方もまとめられています。薬物療法の考え方や、進路選択にも触れ、全体的に、きめ細かいアドバイスに満ちていると感じます。

療育方法にはいろいろあって、賛否両論あるようですが、
根拠を持った理論が示され、親が不安を持たずに療育に取り組んでいることじたいが、親子関係そのものにいい影響を与えていくのだろうと、私は思います。


私は今、小さい子どもの発達障害からは離れた立場にありますが、
この本を読むと、いま発達障害はこんな世界になっているのだ、というちょっとした驚きがありました。
今は、言葉を話せない自閉症を抱えた子どもたちでも、適切な療育を行うことにより、普通に小学校に入る子どもが増えてきた、と前書きにあります。
言葉の出ない自閉症についての治らないといった古い考えが通用しなくなり、日本でも積極的に療育を行う時代になってきているんですね。
この本の中でも、「適切な療育が知られていなければ、早期診断=早期絶望に結びつく」(p.111)と書かれているので、実際はまだどこでも療育指導が簡単に受けられる状況ではないのかもしれないですが、少なくとも10年ほど前とはかなり違ってきているように思います。

子育ての世界というのは、その時代を過ぎるとすっかり視野から見えなくなってしまいます。
子どもの療育が進歩していることを知ることは、発達障害そのものついての社会からの認識にも変化をもたらすと思います。「自閉症」という言葉を聞いたときの印象が変わってくるということです。

発達障害という診断があきらめや偏見につながらないで、ひとりひとりが自分に合った努力の方向性をつかむきっかけになる時代が、もうすぐ来ているのかもしれないと思いました。





( 『自閉症スペクトラム障害−療育と対応を考える』平岩幹男/著  2012年12月 岩波書店




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