ワーキングメモリを鍛えることで、発達障害が改善するかもしれない
** オーバーフローする脳 ワーキングメモリの限界への挑戦 ターケル・クリングバーク(スウェーデン)**
訳者あとがきによると、スウェーデンのカロリンスカ研究所で発達認知神経科学の教授を務める先生が、一般向けに書かれた本なのだそうです。
ワーキングメモリについてまるごと一冊です。
![オーバーフローする脳―ワーキングメモリの限界への挑戦 オーバーフローする脳―ワーキングメモリの限界への挑戦](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41sUEfzGwhL._SL160_.jpg)
- 作者: ターケル・クリングバーグ,苧阪直行
- 出版社/メーカー: 新曜社
- 発売日: 2011/11/06
- メディア: 単行本
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発達障害に関わる人の中には、ワーキングメモリと聞いて、数字を覚えて逆唱するテストなどを思い浮かべる方もいると思います。
とりあえずの記憶をとどめておく機能のことですよね。
でも、この本では、数字の逆唱などは短期記憶として、ワーキングメモリと区別しています。ここで問題にしているのは、二つの仕事を同時に行ったり、複数の情報を総合して何かを推論したり、長い文章を組み立てて順序よく話したりするときに、心の作業台として使われる機能のことです。
情報化のすすんだ現代社会で、人々は日常的に複数の仕事を同時にこなすことを要求されています。そのとき、私たちは注意散漫になり、それぞれの仕事を集中してやり遂げることができなくなってしまうのですが、ここで問題になってくるのが、このワーキングメモリです。
そもそも注意には少なくとも3種類あるとこの本には書いてあります。
何か変化に気づいたときにぱっとそちらに注目する「刺激に駆動された注意」、読書のように自分で意識して働かせる「コントロールされた注意」、そして「覚醒」です。
ADHDと診断された子どもに協力してもらった実験では、刺激に駆動された注意はADHD児と健常児に差はないのに、コントロールされた注意では差が出てしまうといいます。コントロールされた注意の課題を解いているときに活発に働く脳の部位がわかっていて、これが、複数の仕事をこなすときに働く部位とも一致しているといいます。注意をコントロールすることはすなわちワーキングメモリを使っているということなのだといえます。
ADHDでは、変化にぱっと反応する注意力は普通レベルで、ワーキングメモリを使う注意力が弱いということになると思います。
ワーキングメモリ課題を解くときは、前頭葉と頭頂葉のある部分が連動して働いています。脳の同じ場所に重複して負荷がかかってくることが、複数の課題を同時に処理することが難しい理由だと考えられるそうです。
ADHDについては、見える<症状>から定義された診断基準と照らし合わせると、ADHDの困難さはワーキングメモリで説明できることが多いと言っています。ただし、ADHDというのは、血圧などと同じように個人差が正規分布しているのを、無理やりある閾値で健常と障害に分けたもので、健常と障害はただ程度の差でしかないので、情報が多く複数の仕事が次々と発生する条件下では、より多くの人がADHDと同じ状況になるとも言っています。
また、ワーキングメモリが発達してきた理由として、社会的な活動、たとえば言葉を使ったり、人の気持ちを読み取ったり文脈や話の流れを掴んだりということが必要だったからということが述べられています。この本では、これについてはそれ以上つっこんだ議論はないのですが、このことはすなわち、ワーキングメモリは、ADHDだけでなく、自閉症スペクトラムにとっても重要な機能だということだと私は思いました。
後半の話題は、ワーキングメモリを強化する方法についてです。どうも著者の研究所で、訓練プログラムを開発しているらしいです。ワーキングメモリの訓練方法についての研究はたくさんあり、訓練は可能だと言っています。日常生活の中でも、チェスや読書などワーキングメモリの向上に有効な活動があるようです。また、日本の禅など、瞑想の効果も研究され、有効だと確認されているそうです。
この本は、世の中が人々に複数の課題を要求することで、脳が鍛えられ、人類全体のワーキングメモリのレベルが徐々に上がっていくのではないかというような論調でしめくくられています。
現在は世の中が複雑になることで、より多くの人に発達障害的な状況が起きていると考えられるのですが、なんらかの訓練や日常の習慣づけによって、ワーキングメモリは鍛えることができるとするならば、発達障害の困難そのものを改善する手立てがあるということだと思いました。もうすこし具体的に、どう鍛えていくのか調べてみたいと思います。
(『オーバーフローする脳 ワーキングメモリの限界への挑戦』 ターケル・クリングバーク 苧阪直行/訳 2011年11月 新曜社 )
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