最近の脳科学が教えてくれた「私の知らない私」

    ** 単純な脳、複雑な「私」  池谷裕二 ** 


池谷裕二さんは、「脳の可塑性」研究の第一人者で、東京大学で研究されている薬学博士という肩書きの方。にもかかわらず(?)、一般に向けて上手に説明するすご腕の持ち主です。この本は、出身校である静岡県立藤枝高等学校で高校生に向けて講義した内容をまとめたもので、とってもわかりやすいし、面白いです。

これまで、認知、認知って、このブログにも何度も出てきたし、回数見るだけでなんとなくわかったつもりになっていた気がしますが、

私たちは、ほんとうは、外界をどう見て、どう判断して、どう行動しているんでしょうか?


単純な脳、複雑な「私」

単純な脳、複雑な「私」


この本で説明に使われた画像や動画は、インターネットや携帯端末から見ることができます。パソコンや端末を用意して実際に体験してみます。

人間の感覚認知について、自分で確かめてみるというわけです。

ゲシュタルト群化原理というのがでてきます。ばらばらのものを統合して見ることができるというものです。体験画像では15個の点が歩くというのが出てきて面白いですが、顔文字なんかもこの例なんだそうです。
表情を読むことにも関係してそうです。人は顔の左半分(本人から見て右半分)を見て性別や表情を判断する傾向があるそうで、それもだまし写真で確認できます。


「選択盲」といって、自分が選んだ絵がすりかえられていても、選んだと信じている限り何らかの理由を説明してしまうとか、「錯誤帰属」といって、労力をかけて選ぶようにしかけると、好きだと思い込んでしまうとか、つり橋の上で告白すると、ドキドキしているので相手にときめいていると錯覚してしまうとか、もう、人間の認知なんて、本当に当てにならないという例ばかりが出てきます。


サブリミナル効果についても、いろんな実験結果がありました。
見えた気がしないぐらい短時間の映像の情報が脳に届いていて人の行動を左右してしまうこの現象は、直感をつかさどる脳の「基底核」という場所と関係しているらしいということがわかっているのだそうです。

この「基底核」は大人になっても成長しつづけるそうで、直感は人間が成熟していくことでますます磨かれるということを指しているだろうと池谷先生は言っています。

意識していない脳=無意識の力が、脳科学的に解明されつつあるという手ごたえを感じました。



錯覚とかだまし絵とかの話はまだまだ続き、「心地よい」「好き」が「正しい」に置き換えられやすいことや、何度も見かけたものは好きになりやすいとか(すなわち正しいになりやすいともいえる)、記憶が簡単にすり変わることや、報酬が高すぎると仕事が嫌いになるとか、次々にいろんな話が出てきます。

私たちの日常生活は自分で作り上げたでっち上げでできているもののようです。これは、作話(さくわ)という現象で認知症などの人では目立ちますが、人間ならいつもやっていることらしい(笑)。

のけ者にされたときに反応する脳の場所は身体が痛いときと同じ場所で、他者の痛みに共感したときやモノをこわすときもそこが反応する、心が痛むとか他者の痛みという表現は一理あるというのは興味深かったです。

角回という場所に電気刺激を与えると、身体が意識の後ろにワープしたり、幽体離脱したりするというのもありました。これは、他者のまなざしになって考える人間らしい心と関係があるという説明でした。



うしろの方では、複雑系とかゆらぎといった言葉と使った、創発というものの説明があります。とても単純な動きをする小さなものが、何らかの意志を持ったかのように動いていく例が、動画を使って実感できるようになっています。これらから導き出された池谷先生の主張は、遺伝子は生命の設計図なんかではないということです。

システムのルールが遺伝子にのっていて、その単純なルールを繰り返すことで物質から生命体が生まれる。そこに、創発というしくみが働いているのだという話でした。

この創発にフィードバックが加わると、「心」という予想外の産物が生まれると説明されています。心は簡素なルールの連鎖で勝手に生まれてしまうもの、魔可不思議に感じるのは人間の一方的な思い込みということです。



参加した高校生からは、自分の自由意志がどこまで自分のものなのかというような深い問いが感想として出ていました。実際、これだけの証拠を並べられると、私は私のことを何でも知っているとはとてもいえなくなってしまいます。

脳の理解がすすむと、人間の理解が変わるでしょう。それはおそらく、時代を変えていくと思います。
ただ知的に面白いというだけでなく、未来への予感を感じる本でした。


(『単純な脳、複雑な「私」』 池谷裕二2009年5月 朝日出版社  )


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