<番外編>愛着理論と発達障害の歴史〜新しい出会い〜

一つ前の記事でとりあげた、『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』(岡田尊司 光文社新書)は、比較的新しい愛着理論の成果を取り入れたものです。巻末に参考文献としてあげれられている『成人のアタッチメント 理論・研究・臨床』(北大路書房)は、2004年に英語圏で出版されたものを翻訳して2008年に日本語版が出版されています。本文によると、成人を対象にしたアタッチメント研究は1980年代から勢いをきったがごとく始まったとされています。

ここで、整理しておきたいことがあります。
発達障害と愛着理論の関係の歴史についてです。
 

愛着という言葉の由来が、20世紀半ばのボウルビィという医師にあるということを前回の記事で述べました。第二次世界大戦が終わったのは、1945年ですね。大量に生まれた戦災孤児の発育の遅れの研究から、この理論は始まったと伝えられています。

乳児院に収容された孤児たちは、衣食住は満たされていたにかかわらず、言葉の遅れや情緒面の発達の遅れなどが見られました。このことは『ホスピタリズム』(スピッツ、1945年)としてよく知られています。

ボウルビィは母親の愛情が得られないためにこのような発達の遅れが起こると考えました。

ちょうどこの頃、言葉の遅れや知的な遅れを伴うタイプの自閉症がカナーによって報告されました。1943年のことですから、戦災孤児ホスピタリズムよりちょっとだけ前の話です。

が、自閉症ホスピタリズムの見た目の状態が、よく似ていました。

発達の遅れが見られる子どもはまとめて施設に集められました。アメリカのブルーノ・ベッテルハイム(精神分析家)はシカゴの施設で子どもたちの世話をした人ですが、見た目ちゃんとした家庭にもかかわらず自閉症の子どもができるのは、お母さんが冷たい態度で養育しているせいだとして、『冷蔵庫マザー』説をとなえました。彼が書いた本は日本語にも翻訳され、日本で流行語にもなった『母原病』にも影響を与えたといわれています。

そのような流れを変えたのが、イギリスの児童精神科医のマイケル・ラターで、自閉症は先天性の神経学的な原因によって起こった認知の障害という説を出し、1970年代に、家族研究によって遺伝的な要素があることを立証しました。また、自閉症児の母であったローナ・ウイング(社会精神科医)は、他の自閉症の親とともに英国自閉症協会を1962年に立ち上げ、自閉症でもいろんな特徴を持つ子があることから、共通する3つの特徴、いわゆる三つ組、をまとめあげ、1981年に自閉症スペクトラムとして位置づけました。そのとき、同類の障害としてスペクトラムの中に入れられたのがアスペルガー症候群です。これはオーストリアで1940年頃にハンス・アスペルガーによって報告されていたにもかかわらず、英語圏で認知されたのは1980年代になってから、といういきさつは、以前にこのブログに書きましたので、そちらをご覧下さい。

1980年代にはまだ、自閉症は母子関係のトラウマが原因とし抱っこを奨励する療育法(抱っこ法)が提案されています。しばらく、自閉症は先天的な<脳>の障害なのか、後天的な<こころ>の障害なのかということで激しく対立していたようです。

一方、愛着理論の方は、独自の発展を遂げていきます。ボウルビィの所属していたロンドンのタビストック・クリニックは、精神療法家の育成のための訓練として乳幼児と養育者との関係性の観察を取り入れたことで有名です。1970年代には発達心理学者メアリー・エインスワースによっていわゆる『安全基地』の理論がほぼ出来上がり、日本の社会福祉政策などにも大きな影響を与えました。また、自閉症についても、タビストックでは環境因と生来的な要因の相互作用で発達が起こるという立場でアプローチを続けました。

ロンドンのタビストック・クリニックと、英国自閉症協会の事務所はかなり近所にあるのだそうです。いまだに仲が悪いらしい、ということを、2年ほど前に講演のなかの雑談として聞いたことがあります。


しかし、1990年ぐらいから新しい流れが起こってきました。

<脳>と<こころ>をどう理解するかというのは、哲学をも巻き込んだ大きなテーマでしたが、脳科学の進歩により、脳と情緒が相互に与える影響がわかってきました。2000年代にはいってからは、脳には生まれたあとにも可塑性があり、外界からの刺激、感情やイメージなどの影響で変化しているということがわかってきました。こころの作用によっても、習慣や訓練によっても、また、全く別な原因(たとえば環境ホルモン)によっても、神経学的に脳の変化が起こるということがわかっています。胎児期と乳児期の脳の発育は連続的で、出生後だから<こころ>という分け方にはあまり意味がなくなってきたともいえます。

前回の記事で見たように、愛着理論も発展しています。以前のように母子関係だけを強調するのではなく、母子関係を基盤とするものの、他の重要な他者に育まれ、変化しながら発達していくダイナミックな育ちの姿を学問的に記述できるようになってきました。



前の記事で取り上げた『愛着障害 子ども時代をひきずる人々』(岡田尊司)という本は、そういう意味で、これまでの発達障害理論に大きく切り込んだ挑戦的な内容を含んでいると思います。<脳機能>派はいまだ母原病で受けたこころの傷を引きずり、ボウルビィや愛着という言葉に過剰反応してしまうかもしれません。

でも、あたらしい愛着理論は母親を悪者にするものではなく、また、3歳児神話を復活させるものでもありません。今、子どもや青年の発達を蝕んでいるものは、健やかな成長を支えてきた信頼できる年長者たちとの関わりが失われていること、効率を優先させ、人間の根っこを切り捨てるような社会そのものであったということを、暗に訴えようとしているものです。


ご存知のように、日本では発達障害は<生まれつき>の脳機能障害という立場から、発達障害者支援法や特別支援教育が定められました。

もし仮に、現在大量に診断されている大人の発達障害(日本だけに特に多いらしい)のほとんどが、岡田氏のいうような愛着障害スペクトラムとして、すなわち成長過程における親や社会との関わりに起因する発達の問題ととらえなおせるものであったとすれば、あるいは、自閉症スペクトラムなどの生来的な原因と愛着障害の掛け算として見ることができるとすれば、それらを全て、ただの<生まれつきの障害>にすりかえてしまっていた罪はかなり大きいということになるでしょう。
 
愛着障害発達障害は見た目よく似ているからこそ、もはや対立している場合ではなく、新しい出会いとしてとらえなおし、何が共通で何が違うのか、どう重なり合い、どう区別していけるのか、をよく見定めていただくことがどうしても必要だと思います。これまでは別々に研究がすすんできたので、ピントがうまく合わず、全体像をつかむことができないという印象があります。今後の研究の発展に期待したいと思います。




1960年代から1980年代はちょうど冷戦の時代にあたります。政治経済についてイデオロギーの対立があり双方相容れない状況がありました。フェミニズムや三歳児神話もあり、女性の働き方についても議論があった時代です。冷戦が終わった1990年代から科学の新しいトピックが次々と現れてきたというのはとても興味深いものがあります。

当事者やその家族は、発達障害と愛着理論の関係をある程度認識しつつ、自分自身や自分の子どものことを、学説にむりやり当てはめるのではなく、ありのままにまっすぐに見つめていけばいいのだと思います。私のことを一番知っているのは私自身であるはずだからです。
 
前回取り上げた『愛着障害』という本の巻末に、愛着スタイルの型がわかる自己診断テストがついています。大人の方はやってみるといいと思います。ちなみに、私は不安>安定=回避で、愛着不安が強いがある程度適応できていると出ました。なかなか、当たっているんじゃないでしょうか。自己認知のめやすとして活用できると思います。くれぐれも他人のレッテル貼りに使わないように。。。



※参考にした文献・資料
サイモン・バロン=コーエン自閉症スペクトラム入門』p.26〜p.40 第2章 自閉症の有病率の変遷
『そだちの科学N0.11 自閉症とこころのそだち』p.48平井正三「精神分析の立場から」
発達障害者支援法

参考記事:
1965年にハンス・アスペルガーが来日していた事実(2011/8/8)
元祖アスペルガー型の自閉症(2011/8/15)



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