親との関係のこじれを克服していくことで人生が大きく花開く

    ** 愛着障害 子ども時代を引きずる人々 岡田尊司 ** 


愛着障害というなんやら新しい<障害>が生まれた、のではないみたいです。読めば読むほど、ごく普通の、いわゆる<人生>としてわたしたちが経験していることを、発達心理学的に解き明かすという話。

愛着ということばには一般的にはいろんな意味がありますが、発達心理学でいう愛着はアタッチメントattachmentの訳語で、1950年代の、ボウルビィというイギリスの医師の愛着理論をもとにしています。この理論はとても有名で、大学の教科書などには必ずのっていて、教職や保育職の勉強をした方なら常識かもしれません。

ご存知の方も多いかもしれませんが、1989年にルーマニア独裁政権が崩壊したあと、大量の孤児が里親に引き取られたということがありました。彼らには独特の発達の遅れがあり、それらが里親との関係によって改善したという報告がなされました。それから愛着理論は見直され発展し、現在、一般的に愛着障害というと、虐待などの著しい養育条件の悪さによって引き起こされた反応性愛着障害のことを指しています。

でも、この本に書かれている愛着障害とは、ごく普通の家庭に起こり得る愛着の障害、ニュアンスとしては、障害というよりも、愛着のもつれ、といったものを指しています。育ててもらった親に恨みつらみの一つや二つ、全くなかったという人は珍しいと思います。でも、成長していろんな人と関わるうちに、その気持ちは少しずつ変化していきますよね。そう、そこのところが、この本で取り上げられている『愛着障害の視点』です。

 

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

 
愛着理論でよく使われるのは『お母さんは安全基地』というフレーズです。これなら、育児書を読んだ子育て経験者にもなじみがあると思います。幼児は養育者を安心のよりどころとして、新しい経験を探索し、こわい、つらい、という体験を乗り越えて成長していきます。この安心感は、乳児期からの母子関係によって構築されていきます。

しかし、実際は完璧にはいきません。親だって人間です。仕事で手一杯だったり、上の子にとても手がかかっていたり、自分自身に精神的な問題を抱えていたり、病気だったりします。

そのような条件の違いによって、愛着の仕方にいくつかのタイプが生まれるといいます。赤ちゃんの反応によって分類したものが、次の4つです。

・安定型 母親から離れると不安がるが、再開すると母親に抱かれ安心する。6割強がこのパターン

・回避型 母親から引き離されても無反応。再開しても目を合わせず、抱かれようともしない 1割5分〜2割 

・抵抗/両価型 母親から離されると激しく泣いて不安がるのに、再開して抱こうとしても拒んだり嫌がったりする。しかし、いったんくっつくと、なかなか離れない。1割程度

・混乱型 回避型と抵抗型の入り混じった無秩序な行動パターンを示す。

安定型以外は、不安定型として区別されます。回避型では反抗や攻撃性、抵抗/両価型では不安障害やいじめの被害、混乱型では境界性パーソナリティ障害のリスクが高いと述べられています。
発達心理学の教科書に載っている、平均的な発達の子どもというのは、安定型の愛着パターンの子どものことだと見ていいでしょう。実際は、3割から4割近くの、不安定な愛着パターンの子どもたちがいるわけです。

不安定な愛着パターンの子どもたちは、3,4歳ごろから周囲をコントロールすることで状況を補うようになります。親の顔色を見て機嫌をとったり慰めようとしたり、罰しようとしたりします。

これは固定化するものではなく、両親との関係の変化、子どもにとって重要な他者(親以外の年長者や仲間)とのかかわりによって、十代の初めごろから、その人固有の愛着パターンは明確となり、成人するころには愛着スタイルとして確立していきます。

大人の愛着スタイルは、診断法によって多少違いはあるものの、おおざっぱに3通りということらしいです。

・安定型(自律型)   子どもの頃の思い出を客観的に語れる。
・不安型(とらわれ型) 子どもの頃の嫌な思い出を引きずり、思い出すことで不安になる。
・回避型(愛着軽視型) 子ども時代など関係ないという態度をとるが、実は深いところに傷をしまいこんでいる。

愛着スタイルは、その人の他人との関係との築き方を決めていきます。不安型では依存的で相手に不満を持ちやすい、回避型では孤独を好み、自己表現が苦手で表情と感情が乖離するなどの、いわゆる性格的な特徴につながっていきます。
遺伝的気質とともに、パーソナリティの土台となる部分をつくり、その人の生き方を決定付けるのが愛着スタイルで、それは、乳児期から始まる育ちのなかでの、育ててくれた人全てとの人間関係によって育まれていくといえます。

愛着障害の研究はまず、ひどい虐待やネグレクトといった特殊な養育条件の子どもの研究から始まりましたが、最近になって、一般の児童の三分の一、成人でも三分の一ほどの人が不安定型の愛着スタイルを持つことがわかってきました。これを、筆者は『愛着障害』または、『愛着スペクトラム障害』と呼んでいます。学術的には、不安型や回避型の愛着スタイルのことを指していると受けとっていいと思います。ここでは著者の提案にしたがって、児童や成人の三分の一いるという、愛着障害という概念設定にしたがって話をすすめたいと思います。

愛着の基本が形成されるのは0歳から1歳半ぐらいまでで、この間に親との離別や養育者の交替などがあるとはっきりとその影響が残るようですが、その他に、養育者そのものの愛着スタイルの影響があるといいます。不安定型の養育者に育てられると不安定型の子どもになりやすい。産んだ親ではなく育てた義理の親や周囲のよく関わった人の影響が多いという研究結果になっているのだそうです。

太宰治夏目漱石クリントンオバマ、ルソー、ヘミングウエイ、スティーブ・ジョブズ、など、有名人の生い立ちを題材に、これらの理論の実際が論じられています。親とのしがらみを、人々との出会いや関わりが組み替えていく、まさに人生そのものを、愛着の理論で解き明かしていきます。そのあたりは、ぜひこの本を手にとってお読みください。


愛着障害があると、

対人関係で相手とのほどよい距離がとりにくい、
ストレスに弱くうつや心身症になりやすい、
全か無かの評価をしやすい、
全体より部分にとらわれやすい、
相手の気持ちへの共感性が未発達な傾向がある、
意地っ張りでこだわりやすい、
そして、発達の問題を生じやすい。向上心や自己肯定感が低い傾向が見られる。

ということで、


  発達障害と診断されることも少なくない(138ページ)


と、この本には書いてあります。

アスペルガー症候群として診断された人が、実は、愛着障害だったというケースに少なからず出会う。それは、診断が間違っていたというよりも、愛着の問題によっても、すぐに見分けがつかないような発達の障害を生じるということなのである。しかし、アスペルガー症候群が、遺伝的な要因に基づく障害だという、一般的な理解に従うならば、その人を、アスペルガー症候群と診断するよりも、愛着スペクトラム障害と診断した方が、事実をより正確に反映することになるだろう。(138ページ)

自閉症と診断されている子どもの母親との愛着関係を調べてみると、健常児の場合よりも不安定愛着の割合が高いことが知られているのだそうですが、より軽度な自閉症スペクトラムアスペルガー症候群を含む)では、健常児と比べて不安定愛着の頻度には違いが見られないといいます。つまり、発達障害愛着障害は、別の次元の問題としてとらえる必要があるということなのです。

つまり、発達障害(遺伝的とされる認知の障害や偏り)があってもなくても、愛着障害による問題は、人との関わりによって改善していけるということです。

 
愛着障害を乗り越える経験は、人生の大きな経験です。

親の役割を肩代わりして、一時的に、場合によっては数年単位の長いスパンで、安全基地として機能してくれる人の存在が、その人を変えていくのだといいます。

自分のことを何でも話せる人との出会い です。

幼い頃の傷を癒し、もういちど育ち直す過程で、精神的に赤ちゃん返りをする人もあるようです。意味のわからない人には悪化と見えるようなプロセスを、見守り育てることができる人が、この世には、存在します。

その人が、恩師であったり、パートナーであったり、上司であったりします。その人はもともと安定型の人のこともありますが、もともと不安定型だったのを克服した人であったりもします。

自分が、社会的、職業的役割を果たすこと、親となって子どもを持つことで、安定してくることもあります。「まるくなる」「子育ては親育て」という現象を指すと思われます。

この際、大事なのは、『否定的認知を脱する』ことなのだそうです。

何か嫌なこと、思い通りにならないことがあった場合、ネガティブな感情にとらわれるのではなく、「そうなって良かったこともある」と、試練や苦痛からも前向きな意味を見出そうとする姿勢が大切。これはヴァリデーション(認証、承認)と呼ばれるプロセスで、本人も周囲もそれを心がけることで、次第に視点を切り替えることができるようになるということで、これは頓智やユーモアにもつながるといいます。

後輩や若い人を育てることで自分を育てる人もいるといいます。人々の安全基地となることで、自分が確かなものになっていく。

愛着障害を克服するということは、自立するということだといいます。必要なときには人に頼ることができ、だからといって、相手に従属するのではなく、対等な人間関係が持つことができることです。自立の過程とは、自分が周囲に受け入れられる過程であり、同時に、そうした自分に対して、「これでいいんだ」と納得する過程でもあるといえます。

 
著者は精神科医ですが、愛着障害愛着障害スペクトラム)には心理療法認知行動療法が逆効果になることもあると述べています。パーソナリティ障害や状態が複雑化した発達障害の治療はとても難しいそうです。治療の現場に、多くの人の根底にある愛着の問題という問題意識が欠けている場合が多く、これからの課題だとも言えると述べられています。

愛着の問題は、治療によってではなく、むしろ周囲の人々との関係性によって克服されていきます。小さなことでもいい、何か世の中と関わりを持つことによって、「これができた」という実績を積み上げていく。そこで出会った人との関係を大切にしていくことで、何かが開けていくのかもしれません。



あとがきで、著者は東日本大震災原発の事故に触れ、人々の幸福を育み守ることができる社会の仕組みを作り直すチャンスであると述べています。スローガンとして叫ばれている『絆(きずな)』の本質は、この愛着理論の中に見出すことができるでしょう。これまでの社会は、効率を重視した結果、人間の根幹にある愛着を無視したものであったと著者はいいます。『絆』がただのスローガンとして空振りに終わらないためにも、愛着の視点を取り戻すことが大事だと思いました。

親だけでなく、近所の人や親戚、学校の先生、上司や取引先、友だちや仲間に育てられ、育ちあう関係。愛着障害はそのような育ちあいの中で克服され、多彩で実りある人生をかもし出していきます。
 
人間は、何歳になっても成長していける。何歳になっても育ちなおすことができる。間違いない事実なんだと思います。






(『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』岡田尊司 2011年9月 光文社新書



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