自己愛と自己肯定感はこんなにも違う

  ** 自己肯定感って、なんやろう?  山田喜代春・版画 高垣忠一郎・文 **


このブログでも、ちょこちょこ使ってきたかもしれません。

 自己肯定感 ということばです。

私も、あいまいに使ってきたかも知れません。この本に噛み砕いて説明してあって、なるほどと納得しました。

60ページほどの薄い本です。固い表紙、文の間に挟みこまれた版画、絵本のつくりをしています。
その中に、めいっぱいの関西弁で書かれているメッセージは、おそらく、たくさんの日本人に<目からうろこ>体験をもたらすだろうと思います。

自己肯定感は、自己愛とは全くちがうものだということです。


自己肯定感って、なんやろう?

自己肯定感って、なんやろう?


「自己肯定感」のことを言う人たちのなかには、「自分のなかに肯定できるところを見つけなさい」というメッセージを発する人たちが、よういてはりますな。(中略)せやけど。なかなか「いいところを見つけられへん」ちゅう人もいてはるわけですわ。(中略)ひとつでも、「肯定できるところ」をつくりなさい。と言いはりますなあ。せやけど。そう簡単にはつくられしまへん。そんなこといわれると、ますますしんどなります。(8ページ)

「欠点」「弱点」「ダメなところ」いろいろ「借金」背負っていてもかましまへん。自己肯定できるイイところがみつからなくてもかましまへん。といっても、「借金」自体をイイというのではありまへんで。(中略)もし、そんなことをしたら、こじつけになりますわ。居直りですわ。そんなもんはないほうがイイんです。でも、背負ってもエエんです。(中略)それを背負って一生懸命生きてはることが健気ですねん。値打ちありまんねん。せやからエエんですなぁ。(28ページ)


カタカナの、 イイ と エエ を使い分けておられるのですが、わかりますでしょうか。

イイ というのは、顔がきれい、声がいい、勉強できる、というような、長所となるところ

エエ とうのは、ダメな自分でも大丈夫 というしっかりした自分


関西弁になじみがない人にも、このニュアンスが伝わるかどうか、著者自身もすこし不安げですが、いかがでしょうか。


学生の就職活動の話が出てきます。学生は、自分の イイ ところを、アピールしなければなりません。これは、根が正直で、おくゆかしい学生にとっては、自分に似合わない、疲れることだと表現されています。確かに、大変そうですよね。

なんや人間が「商品」扱いになってまんねん。(中略)「商品」扱いされる人間は、「自己愛」的にならんとしょうがないのでっしゃろなぁ。「自己愛」ちゅうのは、(中略)うぬぼれたいようなきもちですわ。自分のこと「イイ」ように思いたい気持ちですわ。自分の商品価値を高めんとあかんと思い込んだら、どうしてもそうなりますわ。(48ページ)


競争に勝つために自分を売り出さなければならない世の中で、自己愛的にならざるを得ない面があり、イイところがみつからないと、「自己否定」につながり、生命の働きを弱めると締めくくっておられます。


他人と比べることでしか自分を確認できないとすれば、イイところがたくさんある人も、なにかのマイナスに気がついた時点で、弱い自己肯定感をさらけだすことになるでしょう。「こんなワイでもエエねんなぁ」自分が自分であって大丈夫。それが本当の自己肯定感。本当の自己肯定感だけが、強い生命力で人を支える。自分はそれがわかって生きてきたか、親としてそんな風に子どもを育ててこれたのか、大いに考えさせられます。



差し込まれたたくさんの版画と、絵に添えられたひとことも、本文に共鳴して響いてきます。

とても素敵な本。病院の待合室なんかに、さりげなく置いてあったら、ホロっときそうです。





ブログランキングに参加しています。記事が面白いと感じられた方、このブログを応援してくださる方は、下のバナーをクリックしていただけると有難いです。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村